いとこの早月くんは関西弁で本音を言う

 体育祭が終わって、すぐに家に帰った。

 日焼け止めは塗っていたけど、焼けちゃったかな? けっこうぐったりだ。
 
 着替えてリビングのソファに座って、ぼおっと早月くんを待っていた。



「ただいま」



 早月くんは、わたしを見ると、にかっと歯を見せて笑った。



「美奈ちゃん、リレー見ててくれたやんなぁ?」

「うん、見てた。凄かった。おめでとう、早月くん!」

「あの時なぁ……美奈ちゃんの姿が見えとったから。そこまで一直線や! って頑張ってん。褒めてもらえて嬉しい。美奈ちゃんに言われるんが一番嬉しい」

「もう、早月くん。大げさだなぁ」



 早月くんは、一旦自分の部屋に戻って着替えてきて、わたしの隣に座った。

 二人きりになるのは、ずいぶん慣れてきた。家族になってきたんだなぁ、って思う。



「美奈ちゃん、アレやね。体育祭終わってもたから、テストやね」

「わー、そうだった! うちの中学って、順位が貼り出されるんだよね。嫌だなぁ……」

「自信ないん?」

「全然。赤点取らないようにだけ頑張る……」



 その日の夕食。わたしはお父さんとお母さんに体育祭のことを話した。



「早月くんがアンカーでね。全員抜いて、一位になったんだよ! 本当に凄かった!」



 早月くんは照れたように笑っていた。

 お父さんが言った。



「やっぱり早月くんは運動神経がいいんだなぁ。てっきりサッカー部に入ると思ってたんだけどね」



 えっ、サッカー?

 驚いて何も言えないわたしをよそに、お父さんは話を進めていった。



「兄さんから聞いてたんだよ。小学生の時はサッカークラブに入ってたんだろう?」



 すると、早月くんはこう答えた。



「中学では勉強頑張りたいと思ったんで。大学行きたいですし」

「そうか、それならそっちを頑張るといいよ」



 なんだか、モヤモヤする。

 この気持ちのままいられなくなったわたしは、寝る前に早月くんの部屋の扉をノックした。



「美奈だけど……入っていい?」

「ええよー」



 早月くんは勉強机に座って本を読んでいたけど、わたしが入るとベッドに移動した。

 わたしはその隣に座った。



「ねえ、早月くん。サッカーのこと、詳しく聞いてもいい?」

「ああ、アレなぁ……」



 小学生の時。早月くんは、上級生をどんどん追い抜いてレギュラーになっていたらしい。

 それで、男子同士のやっかみがあって。

 疲れてしまったのだとか。



「サッカー自体は嫌いやないねんけどな。運動部の上下関係とか、友達関係とか、そんなんでややこしくなりたくなくてなぁ」

「そうだったんだ……」



 それだけ聞いて、自分の部屋に戻った。

 早月くんが、どの部活にも入らなかった理由はこれでわかったけど。

 謎がまた一つ生まれてしまった。

 だったらどうして、生徒会には入ったんだろう……?

 折を見て、聞いてみてもいいかもしれないと思った。
 テスト期間がやってきた。

 わたしは周りに人がいると集中できないから、自分の部屋にこもった。

 けれど、時々部屋のちょっとした様子が気になって、ノートを置く位置を変えてみたりなんかして。

 うーん、これじゃダメダメ!

 何か飲んで一息つこう、とキッチンへ行った。



「おう、美奈ちゃん」

「あっ、早月くん」



 見ると、早月くんはドリップコーヒーを作っているところだった。



「早月くんってコーヒー飲めるんだ?」

「ミルクと砂糖入れなあかんけどな。美奈ちゃんも飲みもんかぁ?」

「うん。確かお母さんがいちごミルク買っててくれたよねって思って」



 ソファに移動して、飲み物を飲みながら、それぞれの進み具合を報告した。



「わたし、英語が苦手。早月くんは?」

「俺は好きやで。っていうか、将来は英語使う仕事したいし」

「そこまで考えてるんだ。凄いね……」



 部屋に戻ってから、ふと思った。

 英語の勉強をしたいんだったら、伯父さんと伯母さんと一緒にシンガポールに行けばよかったんじゃないかな……?

 うーん。また一つ、謎が増えてしまった。

 早月くんが考えてること、やっぱりよくわからないよ。

 そして、テスト本番。

 精一杯やったつもり。

 けど、自己採点をしてみると本当にボロボロで。

 教室の机に突っ伏していると、真凛に笑われた。



「美奈ぁ、大丈夫?」

「全然できなかった……」

「まあまあ、中学入って最初のテストだし? そんなに気にすることないって!」



 テスト結果が貼り出される日は、少し遅れてしまって、真凛と一緒に人混みをかきわけて見てみたら。

 一位、鈴木早月……!

 しかも、どの教科も満点に近い!

 わたしは、上から数えた方が早くはあったけど、真ん中らへんだった。

 周りの子たちは早月くんの話ばかりをしていた。



「あんなにイケメンで、運動もできるのに、勉強もできるなんて!」

「マジ完璧だよね。早月くんって」



 真凛もこんなことを言い始めた。



「やっぱり美奈の相手は早月くんがいいと思うんだよね。うんうん。将来安泰だし、絶対いい旦那さんになるよ?」

「もう、真凛!」



 真凛はそんなことを言うけれど……。

 わたしは、早月くんとの差がハッキリしたように感じた。

 いとこなのに。いとこだから。

 近くて、遠い。

 早月くんは、こんなわたしが仲良くしてもいい人なの……?
 早月くんの人気はぐんぐん上昇中。

 上級生まで早月くんを見に二組にやってくるらしい。

 早月くんの周りには、常に人がいて。

 とても学校で話しかけられる雰囲気ではなくなってしまった。

 けど、家に帰ったら……。



「美奈ちゃん、お帰り!」

「うん、ただいま」



 早月くんは、自分の部屋よりリビングにいることが多かった。

 それで、ソファに座って一緒に飲み物を飲む。

 わたしもコーヒーに挑戦してみた。全然ダメだった。

 形だけでも大人になりたいのにな。

 それから、六月三十日。わたしの誕生日がきた。

 お父さんとお母さんに、テーブルが回る中華料理屋さんに連れて行ってもらった。

 四人いるから、ちょこっとずつ、色んな種類の中華を食べた。

 お母さんが言った。



「美奈、最後はやっぱりアレでしょ?」

「うん、杏仁豆腐!」



 十三歳になったけど、甘いものが好きでたまらないわたしは、まだまだお子さまだ。



「うーん、口の中でとろんととろける食感、上品な甘さ……」

「そんなに美味しいん? 一口ちょうだいやぁ」



 そう言って早月くんがあんぐり口を開けてきた。

 アイスの時もしたし……うん。これはそんなに大した意味じゃない。うんうん。

 そう自分に言い聞かせた。



「はい……」



 わたしは杏仁豆腐をスプーンですくって、早月くんの口に入れてあげた。



「んー! 確かに美味しいなぁ!」

「でしょう?」



 そして、家に帰ってから。

 早月くんの誕生日の時、「お返しするで」と言われていたから、どうしても期待している自分がいた。

 わたしがリビングのソファに腰掛けていると、早月くんが紙袋を持ってきた。



「はいこれ。改めて、誕生日おめでとう」

「ありがとう。開けていい?」

「ええよ」



 紙袋に入っていたのは、包装紙に包まれた小さな四角い箱。

 包装紙を取ると、出てきたのは、パステルカラーのユニコーン柄の缶だった。

 そのフタを開けてみると……。



「わぁっ、クッキー?」

「せやで。美奈ちゃんには甘いもんが一番やと思って」



 箱の中は九つに仕切られていて、それぞれ凝った形のクッキーが宝石のように詰められていた。



「すっごく可愛い! 大事に食べるね!」

「よかったぁ、喜んでもらえたぁ」



 クッキーは、食べたらなくなっちゃうけど……。

 缶はずっと残しておける。

 わたしは決めた。

 大切な物を入れておくために取っておこう!

 早月くんが、どういう気持ちでこのプレゼントを選んでくれたのかはわからない。

 だけど、わたしの「嬉しい」気持ちは大事にしようと思った。
 
 生徒会の仕事はひと段落。二学期になって、文化祭の前になればまた忙しくなるみたい。

 だから夏休み前のこの時期は、必要な作業がある人だけが生徒会室に集まるようになった。

 わたしはパソコンをもっと覚えたいと思っていたから、江東先輩の手伝いをすることにした。



「江東先輩、古いフォルダの整理、できました」

「おっ、ありがとう!」



 その日は気付けばわたしと江東先輩、二人きり。

 どの生徒もみんな、きっと夏休みを前に浮かれた会話をしていることだろう。

 けれど、その時わたしたちがしたのは真剣な話だった。



「美奈ちゃんって、好きな人いる?」

「えっ……どうしたんですか、いきなり」

「どうなのかなぁって思って。中学生活も三ヶ月経って、すっかり慣れた頃じゃない?」

「そうですねぇ……」



 わたしは考え込んだ。「好き」っていうのはどういう意味なのだろう。真凛だって生徒会のメンバーだって全員「好き」だけど。

 きっと江東先輩が言っているのは違う。これは、「恋愛」の話だ。



「まだ、よく、わかんないです……」

「あはは。困らせちゃったか。ごめんごめん」

「江東先輩にはいるんですか、好きな人」



 すると、江東先輩は短い黒髪をかきあげて不敵に笑った。



「うん。いるよ。一年前くらいからずっと好き」

「おおっ……!」



 わたしはつい、前のめりになってしまった。江東先輩は言った。



「でもね、気持ちは伝えない。その人には、私の他に好きな人がいるって知ってるから」

「そう、ですか……」

「一緒にいられるだけでいいんだ。それだけでも楽しいから」



 その時、最終下校のチャイムが鳴った。帰らなければならない。



「はー、スッキリした。美奈ちゃんに話せて。このこと、誰にも内緒ね?」

「はい、わかりました!」



 手早く片付けをして、生徒会室を後にした。

 帰り道では、江東先輩のことばかり考えていた。

 もし真凛なら、誰のことが好きなのか突っ込んで聞いていたかもしれない。

 わたしはそこまではしない。興味がないのではなく、誰だか知ってしまうのがこわいのだ。

 一年前から、ということは、早月くんは候補から外れる。

 としたら、思い当たるのはあの人だけど……ううん、これ以上の詮索はやめよう。

 それにしても、凄いな。気持ちを伝えない、っていう恋愛の方法もあるんだ。

 江東先輩はわたしより一つしか年が変わらないのに、ずいぶんと大人に思えた。

 そして、自分の好きな人が、自分じゃない人が好きなんだと知ってしまったとき。

 わたしなら、どんな行動に出るだろう、と考えると止まらなかった。
 江東先輩の恋愛のことを考えながら家に帰ると、早月くんがリビングのソファに座っていた。



「おかえり美奈ちゃん。何か飲む?」

「そうだなぁ……コーヒー、また挑戦してみる」

「ええで。作ったるわ」



 コーヒーが飲めたくらいで大人になんてなれないはずだけど、あんな話を聞いてしまった後では背伸びもしたくなった。



「んんっ……やっぱり苦いっ!」

「俺、ミルクなしでもいけるようになってきた」

「早月くん、どんどん先を行くなぁ……」



 お父さんとお母さんが帰ってくるまでの、二人だけの時間。

 きっと、早月くんにとってはいつものことだろうけど。

 学校では近寄れない分、わたしにとっては特別なんだけど、そんなの恥ずかしくて言えるわけがない。

 わたしは真凛から聞いて知っていた。

 早月くんが、何人もの女の子に告白されているということ。その全てを断っているということ。

 それはやっぱり、校外合宿の時に言っていた「好きな人」がいるからなんだろう。



「ん? 美奈ちゃんどうしたん? なんや難しい顔しとうけど」

「あっ、何でもないよ。夏休みのこととか考えて、ぼおっとしてただけ」



 真凛くらいの勢いがあれば、恋愛の話題に持って行くことができたかもしれない。

 けれど、ひょっこり江東先輩のことを言ってしまうかもしれないし……。

 やっぱりわたしは慎重でいよう。



「早月くんは読書感想文の本決めた?」

「まだ。課題図書、どれも面白そうやなぁって思って。全部読んだろうかな」

「ええっ、全部? さすが読書好き」

「オススメを美奈ちゃんに教えるんとかええかも」

「あっ、それ助かる」



 そんな話をしていたら、先にお母さんが、少ししてお父さんが帰ってきたから、夕食の準備を手伝うことになった。

 夕食中、お父さんが言った。



「今年はお父さんもお母さんもまとまった休みが取れそうにないんだ。旅行はナシだなぁ」

「そっかぁ」



 夏休みは家族三人で泊まりがけの旅行をするのが恒例になっていた。

 今年はできないなんて、残念。

 行くんだったら早月くんも一緒だよね、とどこかで期待していたのに。

 お母さんが言った。



「その代わり、二人には夏休み分の特別お小遣いをあげるから。友達と楽しんでいらっしゃい。でも、行き先は必ず言ってから、遅くなるようなら連絡。これは守ること。いい?」

「はい叔母さん。わかりました」


「ちゃんと守ります」



 いよいよくる。中学生初めての夏休みが。

 小学生の時とは違う。何か、特別なことが起こりそうな、そんな予感がした。
 夏休みがやってきた。

 まず取り掛かったのは、宿題の山、山、山!

 中学生ってこんなに宿題があるんだ。知らなかった。

 いつも学校に行くのと同じ時間に起きて、午前中から集中することにした。

 昼食は、お母さんが毎日作り置きしてくれていて、それを早月くんと一緒に食べるのが息抜きになっていた。



「早月くん、今日は焼きそばだよ」

「やったぁ! 叔母さんの焼きそば好きやねん。肉ようさん入っとうから」

「ようさん?」

「たくさん、っていう意味」



 早月くんの関西弁は、時々わからないことがある。

 でも、その意味を聞くのが楽しみだったりする。

 わたしはラップのかかった焼きそばのお皿を電子レンジに入れて温めた。

 お皿が大きいから、一つずつしか入らない。



「美奈ちゃん、先に食べや。俺食うの早いし」

「そう? じゃあ先に頂くね」



 食べながら、話していたのは英語の宿題についてだった。英語の会話文を作らないといけないのだ。



「早月くん、英語が進まないよぉ……」

「俺が作ったやつ見せたろか?」

「それはズルだからやめとく」

「美奈ちゃんは真面目やなぁ。ええとこやと思うよ」



 食後のお皿洗いとテーブル拭きは二人で分担。

 食洗器の使い方は教わったから大丈夫だ。

 午後もとにかく宿題。苦手なものを先に終わらせてしまいたいから、英語にした。

 時々、麦茶を飲みにキッチンに行く以外は、スマホも見ないで机に向かった。

 昼の三時頃。扉がノックされた。



「はぁい?」

「なぁ美奈ちゃん、コンビニでも行かへん? 散歩と気晴らし」

「いいね。行こうか」



 コンビニまではそこそこ歩く。わたしの足で十五分くらいだ。

 だから、日焼け止めを塗って、つばの広い帽子をかぶった。



「早月くんお待たせ。行こうか」

「おう!」



 玄関を出た途端、蝉の大合唱が聞こえてきた。

 お父さんが子供の頃は、まだ日本もまだそんなに暑くなくて、夏休みといえば虫取りに出かけたのだとか。

 今のわたしには想像もできない。こんな太陽ギラギラの中、コンビニに行くので精一杯だ。

 早月くんが言った。



「俺さぁ、コンビニのスムージー飲みたいねん。自分で機械にセットして作るやつ」

「いいね、それにしよう」



 歩いている途中で、あることに気付いた。

 早月くんと二人きりで外出って、これが初めてじゃないかな……?

 でも、いとこ同士でコンビニに行くだけだし。

 これはデートじゃない。

 そんなに意識するようなことじゃないって、その時は思っていたんだ。
 コンビニにたどりついた。店内に入ると、エアコンがよくきいていて一気に身体が冷えた。

 お目当てのスムージーは四種類。またもや、悩むわたし……。



「美奈ちゃん、ゆっくり選びやぁ」

「ごめんね……」

「そういう時は、ありがとう、でええんやで。美奈ちゃんすーぐ謝る癖ついとう」

「あ、ありがとう……」



 わたしはベリーにした。早月くんはメロン。

 会計を済ませて、機械にセット。あとはボタンを押して見守るだけ。

 出来上がったスムージーを手に、早月くんが先に歩き始めた。



「そこの公園で飲もうなぁ。確か屋根つきのベンチあるで」

「そうしようか」



 真夏の公園。こんなに強い日差しが降り注いでいるのに、小さな子供が遊んでいた。

 元気だなぁ……。

 わたしもつい何年か前までは、ああして遊んでいたのかもしれないけれど、中学生というのはやっぱり一つの大きな区切りになったのだろうか。

 ベンチに座ると、早月くんも子供の方を見てこう言った。



「俺と美奈ちゃんもああやって砂場とかでお山作っとってんで?」



 覚えてなくてごめんね、と言いそうになるのをすんでのところでこらえた。謝り癖がついていると言われたばかりだ。


「他には……どんなことしてた?」

「シャボン玉。塗り絵。折り紙。うん、色々やっとった」



 早月くんは、こんなにもわたしのことを覚えてくれているのに、わたしだけが忘れてしまっているというのは、やっぱり申し訳ない気分。

 スムージーを飲みながら、ぼんやりと幼い頃の自分たちに想いをはせていた、そんな時だった。



「あれっ……美奈ちゃん? 早月くん?」



 現れたのは、なんと西条先輩だった。重そうな大きなリュックサックを背負っていた。

 びっくりしすぎてわたしが何も動けないでいると、早月くんが口を開いた。



「西条先輩。お疲れさまです。どこかの帰りですか?」

「うん。図書館で宿題してた。二人は? もしかして、付き合ってたの?」



 夏休みなのに、二人っきりで公園にいたら、そういう発想になるよね!

 ち、違う、違います!

 心の中ではそう叫べたけど、実際には無理で、早月くんに流れを任せてしまった。



「ああ……俺たち、実はいとこ同士なんです。俺の家の事情で、美奈ちゃんの家に暮らすことになって、それで」

「そっか。同じ苗字だもんね。そういうわけだったんだ」

「このこと、内緒にしてもらえると助かります。バレると面倒な噂話とか広がりそうなんで……」

「もちろん、誰にも言わないよ。そっかぁ、いとこ同士だったんだ……」



 西条先輩は、爽やかに手を振って去って行った。

 きちんと内緒にしてくれそうだし、見つかったのが西条先輩でまだよかったかも……?
 西条先輩に見つかってしまって、ドキドキだったあの日から一週間。

 もうすぐ七月が終わろうとしていた。

 リビングには、封筒やチラシを入れておくレターケースが置いてあるんだけれど、そこに花火大会の案内が入っていることに気付いた。



「そっかぁ、もうそんな時期かぁ……」



 この花火大会が行われるのは海辺で、電車を使わないといけない。

 うちの地域どころか県外でも有名で、毎年たくさんの人が訪れる。

 最後にお父さんとお母さんに連れて行ってもらえたのは、小学三年生の時。

 花火自体の記憶はあやふやだ。リンゴ飴が美味しかったことをよく覚えている。
 
 わたしったら、どこまでも食い意地が張っている。

 そんなことを思いながら、案内をじっと見ていると、お母さんに声をかけられた。



「なぁに? 美奈、行きたいの?」

「うん……せっかくの夏休みだし……」

「えっと、いつ? あー、その日、お父さんもお母さんも仕事だ」

「そっかぁ」



 それなら仕方ないな、と諦めかけたら、いつの間にか早月くんが隣にきていた。



「花火かぁ! 行きたいなぁ。叔母さん、俺が美奈ちゃんと一緒に行くのはあかん? ちゃんと美奈ちゃんのこと守るし」



 守る、という一言に心臓がとくんと跳ねてしまった。



「うーん、中学生二人でかぁ。心配だけど、スマホもあるし大丈夫かな。美奈と違って早月くんはしっかりしてるし……」

「もう、お母さん! わたしはしっかりしてないっていうの!」

「だってそうじゃない」

「むぅ……」



 って、問題はそこじゃない。

 早月くんと二人で花火大会だなんて、それって正真正銘のデートでは……?



「じゃあ、叔母さん、オッケー?」

「いいよ。花火が終わったらまっすぐ帰ってくること。連絡はまめにちょうだいね」

「やったぁ!」



 わたしの心配をよそに、すっかり行くことに決まってるし!



「でも美奈、浴衣どうするの? 小学生の時のじゃ小さいでしょう。新しいの買わないとね」

「えっ、浴衣っ? いいよ、普通の服で行くよ……」

「俺、美奈ちゃんの浴衣見たいなぁ!」

「早月くんもそう言ってるし。美奈、明日お母さんと買いに行こうか!」

「あっ、えっと、うん……」



 話がどんどん進みすぎだよー!

 でも、早月くんに、わたしの浴衣……見て欲しくないことも、ない。

 そんなわけで、お母さんと浴衣を買いに行くことになった。

 浴衣を買いに、お母さんと出かけた。

 小学生の時のは、金魚の柄だったけど、中学生になったんだもん。もう少し大人っぽい方がいい。

 お母さんにもあれこれ意見をもらって、選んだのは薄紫色の花柄。



「うんうん、美奈によく似合ってる。なんか、お母さんの若い頃を思い出すなぁ」

「お母さんの?」

「お父さんと付き合ったばかりの頃、浴衣デートしたんだよ。二人ともその時はもう少し痩せてたかな?」

「ふふっ、そうなんだ」



 浴衣を買ってもらって、今度は喫茶店にきた。

 お母さんはブラックコーヒー。わたしはミルクティー。

 当日、着付けやヘアセットもしてもらわなくちゃいけないからと、お母さんが近所の美容院を予約してくれた。



「美奈、写真いっぱい撮ってきてよね!」

「はぁい」



 飲み物が半分くらい減ったところで、お母さんがこんな話を始めた。



「ねえ、美奈。今、早月くんが使ってる部屋ね。本当は、美奈の弟か妹ができる予定で空けておいた部屋だったんだよ」

「……そうなんだ?」

「流産ってわかる? お腹の中で赤ちゃんが死んじゃうこと。何度もそうなっちゃってね。美奈にきょうだいを作ってあげるのは諦めたの」

「初めて聞いた……」

「美奈も中学生になったから、そろそろ話しておいてもいいかと思ってね」



 今時、同級生で一人っ子は珍しくないし、きょうだいがいないことについては何とも思ったことはなかった。

 そっか、お父さんとお母さんは、子供が二人欲しかったんだ。



「だからね、早月くんが来てくれて、お母さん嬉しいんだよね。男の子も育ててみたいって思ってたから」

「わたしも、早月くんと一緒に過ごすの楽しいよ」

「でも、初めはどうなることかと思った。美奈ったら、すっごく緊張してたじゃない? 今は打ち解けてくれたみたいで、お父さんとお母さん、ホッとしてるんだよ」



 これまでの早月くんとの日々を思い返す。

 学校では、いとこなのは内緒だし、早月くんも標準語だし、何より近寄れないしで、よそよそしいけど……。

 家では、同い年の兄妹のように過ごすことができている、気がする。

 話は花火大会のことに戻った。



「いい、美奈。夜遅くなるんだから、絶対に早月くんと離れないこと。困ったら大人の人に頼ること。どうしてもっていうなら、車で迎えにきてあげる。それから……」

「もう、わかったって。大丈夫だってば」



 もしかすると、早月くんはそんなこと、意識していないかもしれないけれど。

 わたしにとっては人生初デート。

 思い出に残る一日になればいいなぁ……。