ゴールデンウィークがやってきた。
中学生になったんだし、今までより遠くにお出かけしてもいいよってお父さんとお母さんに言われたから、真凛とショッピングモールに行くことにしたんだ。
「真凛、待った?」
「ううん、今来たとこ!」
電車に乗って、目的の駅へ。祝日ということもあって、人がいっぱいだ。
まずはお目当ての喫茶店に行った。ここのケーキセットが美味しくて可愛いって真凛が調べてきてくれたのだ。
「ねえ美奈、どれにする? あたしは断然ショートケーキかな!」
「すっごく種類あるよ、どうしよう……」
散々迷って、わたしもショートケーキにした。同じものを注文した方が、味の感想とかを共有できていいと思ったのだ。
ショートケーキには、大きなイチゴとふわふわのホイップクリームが乗っていた。
まずは写真撮影。SNSをやっていたら、アップしたいけど、スマホのルール決めの時にそれはやっちゃダメって言われていたから我慢。
あーあ、早く高校生になりたいかも。そうしたら、もっと自由なのに。
「真凛、甘くてとろけるけど、イチゴの酸っぱさがアクセントになってて絶品だね!」
「美奈ったら、食レポ上手だねぇ」
「甘いものは大好きなんだもん……」
話は生徒会のことになった。
六月の体育祭の準備がそろそろあるらしいのだ。
真凛が言った。
「西条先輩って、さすが生徒会長なだけあって、二年生の中では成績もトップなんだって!」
「へぇ……」
「それで、二番目が江東先輩。二人はライバルでもあるみたいだよ?」
「なんか、凄い人たちと一緒になっちゃったね」
先輩たちのことは、まだよく知らないけれど、わたしと真凛にとても優しく接してくれる。
他にも、二年生の先輩たちとお話することがあって、わたしも少しずつ上級生と会話をすることに慣れてきた。
「美奈、この後は雑貨屋さん行こう!」
「うん、いいよ!」
雑貨屋さんで、真凛が手に取ったのは、アニメキャラクターの缶バッヂだった。
今、大人気なんだけど、わたしはアニメ自体は観たことがなくて、キャラクターの名前だけは知っていた。
「美奈、お揃いで買わない? 指定のリュックにつけようよ!」
「わたしも、何かつけたいと思ってたことなんだ。いいよ」
こうして、友達とお揃いの物ができるって嬉しい。
真凛とは、これからも仲良くしたいなって思った。
連休明け、生徒会の日。
真凛と一緒に生徒会室に行った。
二年生の先輩たちは勢ぞろいしていて、それぞれ椅子に座っていた。
わたしたちが入ってきたのを見て、西条先輩が立ち上がった。
「待ってたよ、高野瀬さん、鈴木さん。相談したいことがあってね」
一体なんだろう。わたしと真凛は西条先輩の近くに行った。
「新学期が始まって一ヶ月が過ぎたけど、生徒会の一年生が高野瀬さんと鈴木さんだけなんだ。もう少し、人を増やしたいんだよ」
西条先輩によると、生徒会には三役と呼ばれる役職があって、生徒会長、副会長、書記を指すらしい。
その三人が最低でも揃っていないと運営が難しいらしくて、一年生が二人しかいないという状況はまずいのだとか。
「だから、まだ部活に入っていない一年生の子がいたら、声をかけてほしいんだ」
すると、真凛がポンと手を叩いた。
「あたし、心当たりあります! 誘ってみますね!」
わたしはびっくりして真凛に尋ねた。
「えっ、心当たりって、誰?」
「ほら、鈴木早月くん! 帰宅部だっていうのは有名な話だよ?」
ここからは、真凛情報。
早月くんは、体育の授業で大活躍して、それで運動部の勧誘が激しかったみたいだけど、全部断ったらしい。
文化部も名乗りを挙げたようだけど、どこにも入る気はないという一点張り。
休み時間は、もっぱら読書をして静かに過ごしているのだとか。
「早月くんが入ってくれたら最強になると思わない?」
「でも……何かの活動をすること自体を嫌がってるっぽいよ? ダメだと思うけどなぁ」
「誘ってみないとわからないよ! 明日、早月くんのところに行ってみよう!」
そして、翌日の昼休み。本を読んでいる早月くんのところに、真凛と二人で近づいた。
「あのう、鈴木早月くん」
「ああ……高野瀬さんだっけ。何か用?」
「実はね……」
真凛が今の生徒会の現状を説明した。わたしは真凛の後ろで黙って早月くんの表情を伺うばかりだ。
真剣な顔つきで、全てを聞き終わった早月くんは、ふんわりと笑って言った。
「いいよ。俺、入るよ」
「やった! ありがとう!」
まさか、本当に入ってくれるだなんて思わなかったから、わたしはびっくり。
家に帰ってから、早月くんに聞いてみた。
「ねえ、本当によかったの、生徒会。無理してない?」
「無理してへんで。美奈ちゃんと過ごせる時間が増えるから嬉しいわぁ!」
一瞬、その言葉にドキッとしてしまったけど、早月くんは優しいから、気を遣ってそんなことを言ったのだと思い直した。
「もう……いとこだってことは内緒なんだからね?」
「わかっとう、わかっとう」
どの部活にも入らなかった早月くんが、生徒会に入った。
そのことは、校内で一気に話が広まって、次の生徒会長は早月くんではないかと囁かれるまでになってしまった。
早月くんが生徒会に入ったことで、大きな動きが出た。
今まで帰宅部だった一年生の女の子たちが、こぞって生徒会にやってきたのだ。
あからさまに、早月くん目当てだっていうのはわかるんだけど。
西条先輩は、人手が増えることはいいことだから、と笑っていた。
そして、早月くんにどんどん踏み込んでいくのは、やっぱり真凛だった。
校内備品のチェックリストを作り終えて、暇になった時、真凛はすかさず早月くんに質問した。
「早月くんって、どんな子がタイプなの?」
「ええっ? タイプとか、特にないかも」
「じゃあ芸能人では誰が好き?」
「あまりテレビとか動画とか観ないから、わかんないんだよね」
他の女の子たちが、聞き耳を立てているのがありありとわかる。
けど、早月くんはどんどん真凛の攻撃をかわしていく。
そして、早月くんは先に帰ってしまった。
「あーあ、早月くんってガード固いなぁ。なんにもわからなかったよ」
「真凛って、どうしてそんなに早月くんのこと知りたいの?」
「だって、気になるじゃない? 校内一のイケメンが誰と付き合うか!」
「真凛自身は早月くんと付き合いたいとは思わないの?」
「うん、それは解釈違い。誰かと結ばれたのを推したい!」
真凛は時々、よくわからないことを言う……。
「あたしとしては、美奈が早月くんと付き合ったら素敵だと思うんだけどなぁ!」
「そんなことにならないよ、絶対」
「早月くんになら美奈のこと任せられる、って思ってるんだよね」
「だから、そうならないってば」
真凛ったら……わたしの保護者?
まあ、校外合宿の時も自販機まで連れて行ってもらったりなんかして、世話をかけている自覚はあるけど。
帰ってから、夕飯までの間、わたしはリビングで早月くんと話した。
「なんか、ごめんね? 真凛が変な質問ばっかりして」
「ええよ、慣れとうし」
「そうなんだ?」
「小学生の頃も、あれこれ聞かれること多かったから。まあ、適当にするし、美奈ちゃんは心配せんでもええよ」
キッチンに立っていたお母さんが叫んだ。
「二人とも、お皿並べるの手伝って!」
わたしと早月くんで、四人分の食器を出した。
こうするのが日課になってきて、すっかり早月くんは家族になったんだなぁ、という気がする。
うっかり家でのことを学校で話さないよう注意しないと、なんて気を引き締める私だった。
学校では、ただの生徒会の仲間。
家では、いとこ。
そんな関係を、きっちり使い分けられるように、気を付けて過ごしていたある日。
夕飯の時に、お父さんが言った。
「もうすぐ早月くん誕生日だね。みんなでご飯食べに行こうか」
「いいんですか、叔父さん! 嬉しいです!」
わたしは早月くんに尋ねた。
「えっと、誕生日って何日?」
「五月二十五日。五月生まれやから早月やねんて。単純やんなぁ」
すると、お母さんが笑って言った。
「お義姉さんが、月の名前からつけたって言うから、うちもそうしようってなって、美奈になったんだよ?」
「そうだったの?」
「うん。六月三十日、水無月」
「その話、初めて聞いたんだけど!」
名前の由来はともかく、焦ったのは、早月くんの誕生日まであと一週間しかないということだ。
一緒に食事に行くことで、お祝いにはなるけれど……。
せっかくだから、何かプレゼントしたい。
でも、何がいいんだろう?
こういう時、いつも真凛に聞いていたけど、いとこ同士だってバレるわけにはいかないし、今回は自分一人で考えないと。
わたしは生徒会のない放課後、こっそりショッピングモールへ行った。
お小遣いの範囲だと、買えるものは限られている。
それに、わたしと早月くんはただのいとこ。
彼氏彼女じゃないんだから、気持ちが乗っているように見える物は避けたい。
いくつかある雑貨屋さんを、うろうろ、うろうろ……。
あれでもない、これでもない、と探しながら、早月くんの好きなことを思い浮かべた。
「あっ……」
本だ。本棚にぎっしり詰まった文庫本。
読書好きな早月くんには、本にまつわる物がいいんじゃないかな?
わたしは本屋さんに行ってみた。ずらりと並んだブックカバー。この中から、ぴったりの物を見つけよう!
いくつか見比べてみて、わたしが決めたのは、水色に白のストライプが入った爽やかな物だった。
値段も手ごろだし、これなら受け取ってくれそう。
プレゼント用の巾着袋に入れてもらった。
袋を留めるところには、小さなカードがついていて、メッセージを書き込めるようになっていた。
別に、何も書かずに渡してもいいんだけど……せっかくだし。
「これからもよろしくね」
そう書いた。
変、じゃないよね? 大丈夫だよね?
男の子にプレゼントなんて初めてだから、ドキドキが止まらない。
早月くんの誕生日当日。
お父さんが運転する車に乗って、ホテルに行った。
レストランのビュッフェが美味しいんだ。
いつもは欲張って、お皿にたくさん盛り付けちゃうけど。
今日は早月くんのお祝いの場だから、控えめにしておいた。
デザートを食べ終わって、そろそろいいかなって思ったから。
わたしはプレゼントを差し出した。
「これ……趣味じゃなかったらごめんね?」
土壇場になって、自信がなくなってしまって、そんな言い方になってしまった。
「えっ、俺に?」
「うん……」
「今すぐ開けてもええん?」
「いいよ……」
まず、早月くんはメッセージカードを見た。
口元、ゆるんでる。
そして、巾着袋を開けた。
「わっ、ブックカバー? めっちゃ嬉しい! 俺、毎日使うわぁ!」
「無理しなくていいんだよ、無理しなくて」
「ほんまに嬉しいねんて。大事にするなぁ」
帰りの車の中で、早月くんは言った。
「叔父さん、叔母さん、それに美奈ちゃん。いつもお世話になってるのに……お祝いまでしてもろて。ありがとうございます」
お父さんが言った。
「いいんだよ。早月くんのことは、本当の息子みたいに思っているんだから」
そして、お母さんがこんなことを聞いた。
「寂しくない? お義兄さんとお義姉さん、年末まで帰ってこられないんでしょう?」
「たまに電話してるんで、大丈夫です。生徒会では美奈ちゃんと一緒やし、毎日楽しいですよ」
家に帰って、お風呂に入って。
冷たいものが飲みたくなったから、キッチンに行って麦茶をコップに注いだ。
すると、早月くんもキッチンにやってきたんだけど……。
「きゃっ!」
上半身、裸なんですけど!
「早月くん! 服! 服!」
「えっ? 暑いからそのまま出てきてしもた。ごめんごめん」
ちゃんとTシャツを着てくれたことを確認して、早月くんに向き直った。
「えっと、早月くんも喉渇いた?」
「そんなとこ」
「麦茶入れるね」
もう……早月くんったら、うちに馴染んでくれたのはいいけど、気を抜きすぎだよ!
「美奈ちゃん、ブックカバー、ほんまに気に入ったわ。俺のこと考えて選んでくれたんやなって伝わってきて……感動した」
「大げさだよ。その、いつも本読んでるからっていう単純な理由で選んだだけだよ?」
「それが嬉しいんやて。美奈ちゃんの誕生日、きちんとお返しするで」
「適当でいいよ、適当で」
わたしは麦茶を飲み干して、逃げるように自分の部屋に行った。
まあ、今回のプレゼント作戦は成功した……のかな?
早月くんの誕生日が終わって、体育祭が近づいてきた。
生徒会でわたしに割り振られた仕事は、プログラム作り。
パソコンを使うんだけど、生徒会長の西条先輩に直接教えてもらうことになった。
「美奈ちゃん、キーボード入力はできる?」
早月くんが入って、鈴木という苗字が二人になったから、先輩たちからも美奈ちゃんと呼ばれるようになっていた。
「えっと、ゆっくりなら」
「こっちに入っているのが去年のデータね。これを今年用に書き換えるだけで大丈夫だよ」
わたしが椅子に座って、西条先輩がその後ろに立って、一緒にマウスを動かしているんだけど……近い! 近いよ!
操作を教えてもらうためだから、仕方ないかもしれないけれど、男の先輩とこんな距離で接するのなんて初めてだったから、鼓動が早くなってしまった。
ガラッと扉が開いて、入ってきたのは早月くん。
わたしたちを見るなり、ツカツカと寄ってきた。
「西条先輩。何してるんですか?」
「ああ、プログラム作りだよ。美奈ちゃんはパソコンに慣れてないから、教えてあげようと思って」
「パソコンなら俺、得意です。やりますよ」
「いや、美奈ちゃんがパソコンを覚えるのにいい機会だよ」
「それなら俺が教えます。西条先輩は他の仕事もあるでしょう?」
「まあ……そうだね」
それから、早月くんがパソコンを教えてくれたんだけど……わたしにはわかった。何か、いつもと違う。
何が違うのか、上手く言えないけど、早月くんは何かが違ったんだ。
「これで、文字の大きさが変えられるんだ。覚えた?」
「うん、大丈夫だよ」
「よくできました」
違和感を抱えたまま、作業は終わって。先に早月くんが帰って。
夕飯の時は、いつも通りだったから、気のせいかな、って思っていたんだけど。
お風呂に入って、ベッドに寝転がっていたら、扉がノックされた。
「入っていい?」
早月くんだ。
「うん、いいよ」
わたしはベッドのふちに腰かけた。
入ってきた早月くんは、唇を結んで、何だか難しそうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「うん……あのさ。美奈ちゃんは、もっと自分のこと、自覚持った方がええと思うねん」
「へっ? 何の話?」
「隙だらけやねん。見てて危なっかしいわ。生徒会におる時は、俺が見張るから」
「えっ……ええっ?」
何が何だかよくわからないまま、早月くんは出て行ってしまった。
わたし、悪いことしたのかな……?
早月くんに手伝ってもらって、体育祭のプログラム作りが期限内にできた。
そして、クラスでどの種目に出るのか決めなくちゃいけなかったんだけど、わたしは玉入れにした。
必ず一つは種目に参加しなくちゃいけないんだって。だったら、一番楽そうなのにしちゃった。
体育の授業は、一組と二組合同でしているんだけど、それで早月くんがリレーに出ることがわかった。
そして、いつもの真凛情報。
「早月くん、アンカーなんだって! さすがだねぇ」
「そっかぁ、凄いね」
バトンパスの練習をする早月くん。女の子たちが自分の練習そっちのけで注目していた。
運動するのは好きじゃないから、体育祭もそこまで楽しみじゃなかったんだけど……。
早月くんの走る姿を見ることができるのはいいな、なんて。わたしって単純。
体育祭当日は、からっと晴れて、気持ちのいい風が吹いていた。
「はぁ、はぁ……」
玉入れはボロ負け。わたしなりに、頑張ったんだけど。
水をごくごく飲んで一休み。
自分の待機場所に戻って、自分が作ったプログラムを見た。
一年生男子のリレーはもう少し後だ。
わたしの隣にいた真凛が言った。
「ねぇ美奈、リレーの場所取りしよ! ゴールの瞬間見たくない?」
「えっ、今から?」
「遅れたら大変! 早月くんを見たい人は沢山いるんだから、早く行かなきゃ!」
そして、ゴール地点がよく見えるところまで移動した。
日差しが……キツい。
手でパタパタと顔をあおいでひたすら待った。
なんとか耐えて、ついに早月くんの登場だ。
いつの間にか、周りにはわんさか女の子たちがいて、大きな声を出していた。
「早月くーん! 頑張れー!」
早月くんは、屈伸をして、鋭い目付きでゴールテープの方を見ていた。
まるで、周囲のことなんてまるで見えてない、聞こえてないみたい。
ピストルが鳴り、第一走者が走り出した。アンカー、早月くんは四番目だ。
本当は、自分のクラスの一組を応援するべきだろうけど、わたしの目は二組の子に釘付けだった。
けっこう、遅れてる……。
早月くんがバトンを受け取ったのは、最後だった。
でも。
そこからが凄かった。
「わぁっ……!」
早月くんが、ぐんぐん抜いていく。一人、二人、三人。とうとうトップ!
「やったな早月!」
リレーのメンバーの男の子たちが、早月くんを取り囲んで、肩や背中を叩いていた。
わたしも、何か声をかけたくなったけど、ぐっと我慢した。
体育祭が終わって、すぐに家に帰った。
日焼け止めは塗っていたけど、焼けちゃったかな? けっこうぐったりだ。
着替えてリビングのソファに座って、ぼおっと早月くんを待っていた。
「ただいま」
早月くんは、わたしを見ると、にかっと歯を見せて笑った。
「美奈ちゃん、リレー見ててくれたやんなぁ?」
「うん、見てた。凄かった。おめでとう、早月くん!」
「あの時なぁ……美奈ちゃんの姿が見えとったから。そこまで一直線や! って頑張ってん。褒めてもらえて嬉しい。美奈ちゃんに言われるんが一番嬉しい」
「もう、早月くん。大げさだなぁ」
早月くんは、一旦自分の部屋に戻って着替えてきて、わたしの隣に座った。
二人きりになるのは、ずいぶん慣れてきた。家族になってきたんだなぁ、って思う。
「美奈ちゃん、アレやね。体育祭終わってもたから、テストやね」
「わー、そうだった! うちの中学って、順位が貼り出されるんだよね。嫌だなぁ……」
「自信ないん?」
「全然。赤点取らないようにだけ頑張る……」
その日の夕食。わたしはお父さんとお母さんに体育祭のことを話した。
「早月くんがアンカーでね。全員抜いて、一位になったんだよ! 本当に凄かった!」
早月くんは照れたように笑っていた。
お父さんが言った。
「やっぱり早月くんは運動神経がいいんだなぁ。てっきりサッカー部に入ると思ってたんだけどね」
えっ、サッカー?
驚いて何も言えないわたしをよそに、お父さんは話を進めていった。
「兄さんから聞いてたんだよ。小学生の時はサッカークラブに入ってたんだろう?」
すると、早月くんはこう答えた。
「中学では勉強頑張りたいと思ったんで。大学行きたいですし」
「そうか、それならそっちを頑張るといいよ」
なんだか、モヤモヤする。
この気持ちのままいられなくなったわたしは、寝る前に早月くんの部屋の扉をノックした。
「美奈だけど……入っていい?」
「ええよー」
早月くんは勉強机に座って本を読んでいたけど、わたしが入るとベッドに移動した。
わたしはその隣に座った。
「ねえ、早月くん。サッカーのこと、詳しく聞いてもいい?」
「ああ、アレなぁ……」
小学生の時。早月くんは、上級生をどんどん追い抜いてレギュラーになっていたらしい。
それで、男子同士のやっかみがあって。
疲れてしまったのだとか。
「サッカー自体は嫌いやないねんけどな。運動部の上下関係とか、友達関係とか、そんなんでややこしくなりたくなくてなぁ」
「そうだったんだ……」
それだけ聞いて、自分の部屋に戻った。
早月くんが、どの部活にも入らなかった理由はこれでわかったけど。
謎がまた一つ生まれてしまった。
だったらどうして、生徒会には入ったんだろう……?
折を見て、聞いてみてもいいかもしれないと思った。
テスト期間がやってきた。
わたしは周りに人がいると集中できないから、自分の部屋にこもった。
けれど、時々部屋のちょっとした様子が気になって、ノートを置く位置を変えてみたりなんかして。
うーん、これじゃダメダメ!
何か飲んで一息つこう、とキッチンへ行った。
「おう、美奈ちゃん」
「あっ、早月くん」
見ると、早月くんはドリップコーヒーを作っているところだった。
「早月くんってコーヒー飲めるんだ?」
「ミルクと砂糖入れなあかんけどな。美奈ちゃんも飲みもんかぁ?」
「うん。確かお母さんがいちごミルク買っててくれたよねって思って」
ソファに移動して、飲み物を飲みながら、それぞれの進み具合を報告した。
「わたし、英語が苦手。早月くんは?」
「俺は好きやで。っていうか、将来は英語使う仕事したいし」
「そこまで考えてるんだ。凄いね……」
部屋に戻ってから、ふと思った。
英語の勉強をしたいんだったら、伯父さんと伯母さんと一緒にシンガポールに行けばよかったんじゃないかな……?
うーん。また一つ、謎が増えてしまった。
早月くんが考えてること、やっぱりよくわからないよ。
そして、テスト本番。
精一杯やったつもり。
けど、自己採点をしてみると本当にボロボロで。
教室の机に突っ伏していると、真凛に笑われた。
「美奈ぁ、大丈夫?」
「全然できなかった……」
「まあまあ、中学入って最初のテストだし? そんなに気にすることないって!」
テスト結果が貼り出される日は、少し遅れてしまって、真凛と一緒に人混みをかきわけて見てみたら。
一位、鈴木早月……!
しかも、どの教科も満点に近い!
わたしは、上から数えた方が早くはあったけど、真ん中らへんだった。
周りの子たちは早月くんの話ばかりをしていた。
「あんなにイケメンで、運動もできるのに、勉強もできるなんて!」
「マジ完璧だよね。早月くんって」
真凛もこんなことを言い始めた。
「やっぱり美奈の相手は早月くんがいいと思うんだよね。うんうん。将来安泰だし、絶対いい旦那さんになるよ?」
「もう、真凛!」
真凛はそんなことを言うけれど……。
わたしは、早月くんとの差がハッキリしたように感じた。
いとこなのに。いとこだから。
近くて、遠い。
早月くんは、こんなわたしが仲良くしてもいい人なの……?