一年生の校外合宿の日がやってきた。
先生には、一年生の連帯感を強めるため、集団生活でのルールを学ぶためにすると説明された。
バスで山まで行って、合宿所に一旦荷物を置いて、ラジオ体操をした後に山登り。
わたしは真凛と一緒の班になった。
「ううっ、真凛、待ってよぉ……」
「美奈、大丈夫ー?」
普段、運動なんてしないから、とってもキツい。
真凛に励まされながら、何とか頂上まで登った。
「わあっ……!」
そこから見えるのは、美しい山並みと、その間に流れる川だった。
お弁当を食べて元気を充電。
鬼ごっこをしてはしゃいでいる子たちもいたけど、わたしは真凛とのんびり。
登ったら、降りなきゃいけないしね……。
すると、早月くんが男の子たちに囲まれているのが見えた。
「早月! 写真撮ろう!」
「うん。いいよ。じゃあ俺が撮るよ」
「早月が写らないと意味ないだろ。誰か暇そうな奴に撮ってもらおう!」
そして、写真を撮ろうと言い始めた男の子が、わたしと真凛のところに来た。
「なあ、写真撮ってくれよ!」
気持ちよく応じたのは真凛だった。
「いいよー! はーいみんな、こっち向いてー」
一瞬、早月くんと目が合った気がした。
でも……気のせいかな?
男の子たちははしゃぎながらポーズを決めた。
終わった後、早月くんが真凛に言った。
「ありがとう、高野瀬さん」
「あっ、うん! お安いご用!」
男の子たちが去った後、真凛がパシンとわたしの肩を叩いた。
「ねぇねぇ、早月くん! あたしの名前覚えててくれたんだー! 一回しか話したことないのに!」
「あっ、話したことあるんだ?」
「うん。彼女はいますか? って聞きに行った」
「そんなこと聞いたの?」
相変わらずだなぁ、真凛は。
「いないんだって。美奈、狙い目かもよ?」
「もう……わたしはそんなのいいから」
「もし、美奈が早月くんと付き合ったらお似合いだと思うけどなぁ?」
「真凛、妄想膨らませすぎ」
山を降りながら、ふと気付いたことがあった。
さっきの早月くん……関西弁じゃなかったよね?
家にいる時とイントネーションが違った。
早月くんなりに、思うところがあるのかな。
合宿所に戻った後は、少し休憩して、夕飯のカレー作り。
わたしはよく料理の手伝いをしていたから、皮むきとかは慣れっこで、真凛にも頼られちゃった。
早月くんのことが気になったけど、組が違うから遠くにいて、何をしているのかはわからなかった。
お風呂に入って、同じ部屋の女の子たちでトランプを始めた。
トランプを持ってきたのは真凛。それが他の部屋の子たちにも広まって、何人か遊びに来た。
大富豪でボロ負けして、わたしは輪から離れた。
こういうゲームも、わたしにはどうも向いてないんだよなぁ……。
喉が渇いたから、小銭入れを握りしめて、ジュースを買いに行くことにした。
女の子たちは大盛りあがりで、わたしが部屋を出たことも気付いていないみたいだった。
「自販機……どこだっけ?」
大浴場に行く途中で見た気がするんだけど、探せど探せど見つからなかった。
そのうちに、中庭のようなところに出てしまって。
案外、こういうところにあるのかもしれない、とそこへ出ようとした時だった。
……誰かいる!
「ごめんね。君とは付き合えない」
わたしはとっさに扉のかげに身を隠した。
これは、早月くんの声だ。
一緒にいるのは、確か二組の女の子だったかな?
「そっかぁ。早月くん、理由聞かせてもらってもいい?」
これは、確実に。早月くんが告白されて、それを断った場面だ。
早く逃げた方がいい、という気持ちと。
そこから先を聞きたい、という気持ちと。
それらがせめぎ合った結果、結局身動きできずに立ち聞きする形になってしまった。
「理由かぁ。うん……実はさ。俺、好きな人いるんだよね」
「そうなんだ。それなら仕方ないね。これからも、友達でいてくれる?」
「うん。友達ならいいよ」
二人はわたしがいる方と反対方向に去っていった。
すっかり見えなくなってから、わたしはその場にしゃがみこんだ。
「う、うわぁぁぁ……」
衝撃の場面を目撃してしまった。
まだ、入学して一ヶ月経っていない。
それなのに、もう告白する女子がいるだなんて。
そして、それ以上にびっくりしたのが。
「好きな人いるんだよね」
早月くんのこの言葉。
これは、本当のコト?
それとも、断るための言い訳?
ぐるぐる考えたまま、わたしは部屋に戻ってきてしまった。
真凛がわたしを見て言った。
「美奈! どこ行ってたのー?」
「自販機……その、喉渇いて」
「でも手ぶらじゃない」
「場所、わかんなくて」
「もう、あたしが一緒に行ってあげる!」
真凛の後をついて、ロビーまで行った。
大浴場の方にあると思っていたのは、勘違いだったみたいだ。
「美奈、どうしたの? なんかあった?」
「えっ、何もないよ?」
「本当かなぁ? まあ、何かお悩みがあったら、いつでもこの真凛さんに言いなさい。ねっ?」
「ごめんね……」
その夜は、なかなか眠れなかった。
校外合宿が終わって帰宅。
早月くんも、わたしより少し遅れて帰ってきた。
「美奈ちゃん、合宿お疲れ。楽しかった?」
あんな場面を見てしまった、だなんて絶対にバレちゃダメ。
わたしは明るい声を出した。
「うん! 山登りはしんどかったけど、部屋でトランプしてね、女の子たちと仲良くなれたよ」
「そらよかったなぁ。俺も楽しかったわぁ」
本当は聞いてみたい。
好きな人がいるのかどうか。
でも……聞いてどうするの?
これからもこの家で暮らすのに、気まずくなんてなりたくないな。
お母さんが、キッチンから声をかけてきた。
「二人とも、お帰り! アイスあるよ。着替えていらっしゃい」
お母さんに言われた通り、部屋着に着替えてリビングのいつもの椅子に座った。
出されたアイスは、バニラとチョコの二種類だった。
早月くんが言った。
「美奈ちゃんが選び。俺、どっちでもええで」
「うーん、どうしようかなぁ」
両方捨てがたい。シンプルなバニラも、濃いチョコも。
「美奈ちゃん、めっちゃ悩むやん」
「あっ、ごめんね? 決められなくて……」
「ほな俺がチョコにしよか?」
「それでいいよ」
早月くんは、チョコのアイスのフタをとって、スプーンですくって食べ始めた。わたしもそうした。
バニラも美味しい。けど、やっぱりチョコもよかったかなぁって思っていると。
「美奈ちゃん、一口交換せぇへん? はい、あーん」
早月くんが、チョコのアイスが乗ったスプーンを差し出してきた。
「えっ、ええっ?」
「ほら、溶けるで。あーん」
「んっ……」
ええい、勢いだ。ぱくり。
「今度は美奈ちゃんちょーだい」
「はい……」
あたしがバニラのアイスをあげると、早月くんは満面の笑顔。
これって、これって、間接キスだよね?
早月くん、わかってる? わかってない……?
そんなわたしたちの様子を見て、お母さんが言った。
「二人とも、すっかり小さい頃に戻ったねぇ。お菓子分け合いっこしてたんだよ」
「うん、俺も覚えとうよ、叔母さん。美奈ちゃん優しかったなぁ……いっつも多めにくれた」
「そうだったんだ……?」
だったら、早月くんにとっては小さい頃の延長ってことなのかな?
わたしのこと、ただのいとことしか思ってないから、こんなことができちゃうのかな?
それは、他の誰よりも、わたしが早月くんと仲が良いということなのかもしれないけれど。
どこか、寂しい気持ちもあったんだ。
校外合宿の次の日は土曜日。
ゆっくり休めるかと思いきや、校外合宿の作文を書かなくちゃいけなくて。
わたしは自分の部屋で原稿用紙とにらめっこをしていた。
一番印象に残っているのは……やっぱり、早月くんが女の子に告白されたこと。
けど、そんなこと書けるわけがない!
わたしは、カレー作りの話を中心に書くことにした。
何とか仕上がった頃、扉がノックされた。
「はぁい?」
「早月やけど。入っていい?」
「いいよ」
早月くんは、原稿用紙を持ってきていた。
「なぁ美奈ちゃん、作文書けてんけど、変なとこないかどうか読んでみてくれへん?」
「うん、わかった」
「俺は美奈ちゃんの読もうかな。できたん?」
「できたよ。じゃあ、交換ね」
わたしはこの時、初めて早月くんの字を見た。
お手本みたいに綺麗な字だ……!
「早月くん、字が上手だね!」
「そうかぁ? まあ習字はやっとったからな」
内容も、山登りの厳しさと達成感のことについて書かれていて、とても読みやすかった。
「早月くん、文書も上手!」
「美奈ちゃんのも良かったで。俺、料理はさっぱりやったからなぁ」
わたしはここで、気になっていたことを聞いてみた。
「学校では喋り方変えてるの……?」
「せやで。恥ずかしいもん。関西出身やてバレたら、面白いこと言うて、とかなりそうやし」
「あはは……それは困るね」
今度はわたしが質問される番だった。
「美奈ちゃんは部活入ったんやっけ?」
「部活じゃなくて生徒会。真凛に誘われて」
「ああ、あの写真撮ってくれた子やな」
「早月くんは入った?」
すると、早月くんは少し目を伏せた。
「いや……俺はええかな。本読むだけで楽しいし」
「そっかぁ……」
背が高いし、バスケ部やバレー部に入れば活躍できそうなのにな。
でも、それは余計なお世話だと思って言わなかった。
「ありがとう美奈ちゃん。読んでもらって自信ついたし、このまま提出するわ」
「わたしこそ、ありがとう」
そして、早月くんはわたしの部屋を出て行った。
早月くんがこの家にきてもうすぐ一ヶ月。
まだまだ知らないことがたくさんある。
わかったのは、この家の中だと早月くんはリラックスしてくれているということ。
これからも、早月くんが過ごしやすいように、わたしも頑張らなくっちゃ。
ゴールデンウィークがやってきた。
中学生になったんだし、今までより遠くにお出かけしてもいいよってお父さんとお母さんに言われたから、真凛とショッピングモールに行くことにしたんだ。
「真凛、待った?」
「ううん、今来たとこ!」
電車に乗って、目的の駅へ。祝日ということもあって、人がいっぱいだ。
まずはお目当ての喫茶店に行った。ここのケーキセットが美味しくて可愛いって真凛が調べてきてくれたのだ。
「ねえ美奈、どれにする? あたしは断然ショートケーキかな!」
「すっごく種類あるよ、どうしよう……」
散々迷って、わたしもショートケーキにした。同じものを注文した方が、味の感想とかを共有できていいと思ったのだ。
ショートケーキには、大きなイチゴとふわふわのホイップクリームが乗っていた。
まずは写真撮影。SNSをやっていたら、アップしたいけど、スマホのルール決めの時にそれはやっちゃダメって言われていたから我慢。
あーあ、早く高校生になりたいかも。そうしたら、もっと自由なのに。
「真凛、甘くてとろけるけど、イチゴの酸っぱさがアクセントになってて絶品だね!」
「美奈ったら、食レポ上手だねぇ」
「甘いものは大好きなんだもん……」
話は生徒会のことになった。
六月の体育祭の準備がそろそろあるらしいのだ。
真凛が言った。
「西条先輩って、さすが生徒会長なだけあって、二年生の中では成績もトップなんだって!」
「へぇ……」
「それで、二番目が江東先輩。二人はライバルでもあるみたいだよ?」
「なんか、凄い人たちと一緒になっちゃったね」
先輩たちのことは、まだよく知らないけれど、わたしと真凛にとても優しく接してくれる。
他にも、二年生の先輩たちとお話することがあって、わたしも少しずつ上級生と会話をすることに慣れてきた。
「美奈、この後は雑貨屋さん行こう!」
「うん、いいよ!」
雑貨屋さんで、真凛が手に取ったのは、アニメキャラクターの缶バッヂだった。
今、大人気なんだけど、わたしはアニメ自体は観たことがなくて、キャラクターの名前だけは知っていた。
「美奈、お揃いで買わない? 指定のリュックにつけようよ!」
「わたしも、何かつけたいと思ってたことなんだ。いいよ」
こうして、友達とお揃いの物ができるって嬉しい。
真凛とは、これからも仲良くしたいなって思った。
連休明け、生徒会の日。
真凛と一緒に生徒会室に行った。
二年生の先輩たちは勢ぞろいしていて、それぞれ椅子に座っていた。
わたしたちが入ってきたのを見て、西条先輩が立ち上がった。
「待ってたよ、高野瀬さん、鈴木さん。相談したいことがあってね」
一体なんだろう。わたしと真凛は西条先輩の近くに行った。
「新学期が始まって一ヶ月が過ぎたけど、生徒会の一年生が高野瀬さんと鈴木さんだけなんだ。もう少し、人を増やしたいんだよ」
西条先輩によると、生徒会には三役と呼ばれる役職があって、生徒会長、副会長、書記を指すらしい。
その三人が最低でも揃っていないと運営が難しいらしくて、一年生が二人しかいないという状況はまずいのだとか。
「だから、まだ部活に入っていない一年生の子がいたら、声をかけてほしいんだ」
すると、真凛がポンと手を叩いた。
「あたし、心当たりあります! 誘ってみますね!」
わたしはびっくりして真凛に尋ねた。
「えっ、心当たりって、誰?」
「ほら、鈴木早月くん! 帰宅部だっていうのは有名な話だよ?」
ここからは、真凛情報。
早月くんは、体育の授業で大活躍して、それで運動部の勧誘が激しかったみたいだけど、全部断ったらしい。
文化部も名乗りを挙げたようだけど、どこにも入る気はないという一点張り。
休み時間は、もっぱら読書をして静かに過ごしているのだとか。
「早月くんが入ってくれたら最強になると思わない?」
「でも……何かの活動をすること自体を嫌がってるっぽいよ? ダメだと思うけどなぁ」
「誘ってみないとわからないよ! 明日、早月くんのところに行ってみよう!」
そして、翌日の昼休み。本を読んでいる早月くんのところに、真凛と二人で近づいた。
「あのう、鈴木早月くん」
「ああ……高野瀬さんだっけ。何か用?」
「実はね……」
真凛が今の生徒会の現状を説明した。わたしは真凛の後ろで黙って早月くんの表情を伺うばかりだ。
真剣な顔つきで、全てを聞き終わった早月くんは、ふんわりと笑って言った。
「いいよ。俺、入るよ」
「やった! ありがとう!」
まさか、本当に入ってくれるだなんて思わなかったから、わたしはびっくり。
家に帰ってから、早月くんに聞いてみた。
「ねえ、本当によかったの、生徒会。無理してない?」
「無理してへんで。美奈ちゃんと過ごせる時間が増えるから嬉しいわぁ!」
一瞬、その言葉にドキッとしてしまったけど、早月くんは優しいから、気を遣ってそんなことを言ったのだと思い直した。
「もう……いとこだってことは内緒なんだからね?」
「わかっとう、わかっとう」
どの部活にも入らなかった早月くんが、生徒会に入った。
そのことは、校内で一気に話が広まって、次の生徒会長は早月くんではないかと囁かれるまでになってしまった。
早月くんが生徒会に入ったことで、大きな動きが出た。
今まで帰宅部だった一年生の女の子たちが、こぞって生徒会にやってきたのだ。
あからさまに、早月くん目当てだっていうのはわかるんだけど。
西条先輩は、人手が増えることはいいことだから、と笑っていた。
そして、早月くんにどんどん踏み込んでいくのは、やっぱり真凛だった。
校内備品のチェックリストを作り終えて、暇になった時、真凛はすかさず早月くんに質問した。
「早月くんって、どんな子がタイプなの?」
「ええっ? タイプとか、特にないかも」
「じゃあ芸能人では誰が好き?」
「あまりテレビとか動画とか観ないから、わかんないんだよね」
他の女の子たちが、聞き耳を立てているのがありありとわかる。
けど、早月くんはどんどん真凛の攻撃をかわしていく。
そして、早月くんは先に帰ってしまった。
「あーあ、早月くんってガード固いなぁ。なんにもわからなかったよ」
「真凛って、どうしてそんなに早月くんのこと知りたいの?」
「だって、気になるじゃない? 校内一のイケメンが誰と付き合うか!」
「真凛自身は早月くんと付き合いたいとは思わないの?」
「うん、それは解釈違い。誰かと結ばれたのを推したい!」
真凛は時々、よくわからないことを言う……。
「あたしとしては、美奈が早月くんと付き合ったら素敵だと思うんだけどなぁ!」
「そんなことにならないよ、絶対」
「早月くんになら美奈のこと任せられる、って思ってるんだよね」
「だから、そうならないってば」
真凛ったら……わたしの保護者?
まあ、校外合宿の時も自販機まで連れて行ってもらったりなんかして、世話をかけている自覚はあるけど。
帰ってから、夕飯までの間、わたしはリビングで早月くんと話した。
「なんか、ごめんね? 真凛が変な質問ばっかりして」
「ええよ、慣れとうし」
「そうなんだ?」
「小学生の頃も、あれこれ聞かれること多かったから。まあ、適当にするし、美奈ちゃんは心配せんでもええよ」
キッチンに立っていたお母さんが叫んだ。
「二人とも、お皿並べるの手伝って!」
わたしと早月くんで、四人分の食器を出した。
こうするのが日課になってきて、すっかり早月くんは家族になったんだなぁ、という気がする。
うっかり家でのことを学校で話さないよう注意しないと、なんて気を引き締める私だった。
学校では、ただの生徒会の仲間。
家では、いとこ。
そんな関係を、きっちり使い分けられるように、気を付けて過ごしていたある日。
夕飯の時に、お父さんが言った。
「もうすぐ早月くん誕生日だね。みんなでご飯食べに行こうか」
「いいんですか、叔父さん! 嬉しいです!」
わたしは早月くんに尋ねた。
「えっと、誕生日って何日?」
「五月二十五日。五月生まれやから早月やねんて。単純やんなぁ」
すると、お母さんが笑って言った。
「お義姉さんが、月の名前からつけたって言うから、うちもそうしようってなって、美奈になったんだよ?」
「そうだったの?」
「うん。六月三十日、水無月」
「その話、初めて聞いたんだけど!」
名前の由来はともかく、焦ったのは、早月くんの誕生日まであと一週間しかないということだ。
一緒に食事に行くことで、お祝いにはなるけれど……。
せっかくだから、何かプレゼントしたい。
でも、何がいいんだろう?
こういう時、いつも真凛に聞いていたけど、いとこ同士だってバレるわけにはいかないし、今回は自分一人で考えないと。
わたしは生徒会のない放課後、こっそりショッピングモールへ行った。
お小遣いの範囲だと、買えるものは限られている。
それに、わたしと早月くんはただのいとこ。
彼氏彼女じゃないんだから、気持ちが乗っているように見える物は避けたい。
いくつかある雑貨屋さんを、うろうろ、うろうろ……。
あれでもない、これでもない、と探しながら、早月くんの好きなことを思い浮かべた。
「あっ……」
本だ。本棚にぎっしり詰まった文庫本。
読書好きな早月くんには、本にまつわる物がいいんじゃないかな?
わたしは本屋さんに行ってみた。ずらりと並んだブックカバー。この中から、ぴったりの物を見つけよう!
いくつか見比べてみて、わたしが決めたのは、水色に白のストライプが入った爽やかな物だった。
値段も手ごろだし、これなら受け取ってくれそう。
プレゼント用の巾着袋に入れてもらった。
袋を留めるところには、小さなカードがついていて、メッセージを書き込めるようになっていた。
別に、何も書かずに渡してもいいんだけど……せっかくだし。
「これからもよろしくね」
そう書いた。
変、じゃないよね? 大丈夫だよね?
男の子にプレゼントなんて初めてだから、ドキドキが止まらない。
早月くんの誕生日当日。
お父さんが運転する車に乗って、ホテルに行った。
レストランのビュッフェが美味しいんだ。
いつもは欲張って、お皿にたくさん盛り付けちゃうけど。
今日は早月くんのお祝いの場だから、控えめにしておいた。
デザートを食べ終わって、そろそろいいかなって思ったから。
わたしはプレゼントを差し出した。
「これ……趣味じゃなかったらごめんね?」
土壇場になって、自信がなくなってしまって、そんな言い方になってしまった。
「えっ、俺に?」
「うん……」
「今すぐ開けてもええん?」
「いいよ……」
まず、早月くんはメッセージカードを見た。
口元、ゆるんでる。
そして、巾着袋を開けた。
「わっ、ブックカバー? めっちゃ嬉しい! 俺、毎日使うわぁ!」
「無理しなくていいんだよ、無理しなくて」
「ほんまに嬉しいねんて。大事にするなぁ」
帰りの車の中で、早月くんは言った。
「叔父さん、叔母さん、それに美奈ちゃん。いつもお世話になってるのに……お祝いまでしてもろて。ありがとうございます」
お父さんが言った。
「いいんだよ。早月くんのことは、本当の息子みたいに思っているんだから」
そして、お母さんがこんなことを聞いた。
「寂しくない? お義兄さんとお義姉さん、年末まで帰ってこられないんでしょう?」
「たまに電話してるんで、大丈夫です。生徒会では美奈ちゃんと一緒やし、毎日楽しいですよ」
家に帰って、お風呂に入って。
冷たいものが飲みたくなったから、キッチンに行って麦茶をコップに注いだ。
すると、早月くんもキッチンにやってきたんだけど……。
「きゃっ!」
上半身、裸なんですけど!
「早月くん! 服! 服!」
「えっ? 暑いからそのまま出てきてしもた。ごめんごめん」
ちゃんとTシャツを着てくれたことを確認して、早月くんに向き直った。
「えっと、早月くんも喉渇いた?」
「そんなとこ」
「麦茶入れるね」
もう……早月くんったら、うちに馴染んでくれたのはいいけど、気を抜きすぎだよ!
「美奈ちゃん、ブックカバー、ほんまに気に入ったわ。俺のこと考えて選んでくれたんやなって伝わってきて……感動した」
「大げさだよ。その、いつも本読んでるからっていう単純な理由で選んだだけだよ?」
「それが嬉しいんやて。美奈ちゃんの誕生日、きちんとお返しするで」
「適当でいいよ、適当で」
わたしは麦茶を飲み干して、逃げるように自分の部屋に行った。
まあ、今回のプレゼント作戦は成功した……のかな?