僕がこの世で二番目に憎い相手。
 それは元王太子妃ルーチェ。

 あの後、王太子夫妻は離婚した。
 泥沼の離婚劇を演じたそうだが僕には関係ない。
 王家と神殿の間に亀裂が入ろうが、知った事か。

 双方の合意で離婚したというが絶対に違う。
 王太子のやらかしと、王太子妃のやらかし。
 どちらも大きすぎて責任転嫁できなかった結果に過ぎない。
 
 元王太子妃はルーチェ・サンタという平民に戻った。

 そして今、ルーチェは神殿に居る。
 
 僕としてはてっきり厄介払いするものだとばかり思っていたが「元聖女」の肩書故に放置できなかったみたいだ。

 あの女の所為で義姉上がどれだけ苦しんだか。
 義姉上だけじゃない!
 多くの女性が人生を台無しにされた。



「ミゲル殿、御存知でしょうか?ルーチェは学園に在籍中ずっと酷い嫌がらせを受けて参りました」

「残念ながら義姉上の冤罪は証明されていますよ」

「はい……ぺーゼロット公爵令嬢が犯人ではありませんでした。ルーチェは何かと非難してくる公爵令嬢を疑っていましたので我々もそうだとばかり……」

「思い込みが激しいのは神殿も一緒のようですね。罪のない義姉上に死の門をくぐらせたのは神殿側も同じ。そういえば、例の元聖女は力を使えなくなったとか」

「はい……理由は分かりませんが……何故か急に……」

「神は視ているものですね。誰が悪しき存在なのかよくお分かりだ」

「……」

「そういえば、先ほど貴男は言いましたね。義姉上が元聖女を非難していたと。それも誤解ですよ」

「ご……かい?」

「ええ。婚約者のいる高位貴族の子息にばかり色目を使った行動が目に余ったので注意しただけです。にも拘らず聞く耳を持たなかったのは元聖女の方ですよ。嫉妬だの僻みだと言って大げさに泣きわめいた事もあったそうですよ。あ、それは今も同じでしたね」

「……」

「話の通じない動物以下の存在に妬みもなにもないと思いますが、神殿ではそういった被害妄想の激しい少女を聖女として教育されているのですから致し方ありません。そう言えば世間では元聖女の事を『性女』と揶揄する者も多いそうです。実に的を射ていますよね」

 目の前にいる神官はドンドン顔色が悪くなっていくけど僕は全く気にしない。だって本当のことだ。まぁ、あれほど王太子夫妻の結婚を喜び祝った民衆の掌返しの速さには驚いたけど。

「大体、人前で堂々と不貞行為を行っておいて祝福されていると本気で思っている方がどうかしてる。そう思いませんか?」

「それは……」

「酷い事をされたと言いますが、彼女の方がずっと酷い事をし続けていますよね。犯人が分かっても彼女達は処罰されない理由を考えた事がありますか?」

「……」

「それでは、犯人の中に平民の学生も含まれていたのは知ってますか?」

「!!」

 そんなに驚くようなことだろうか?
 
「ほ、本当に平民の学生が……ルーチェに嫌がらせを?」

「ええ」

「何故ですか!?同じ平民じゃないですか!!」

「だからでしょう?」

「え?」

 本気で分かっていないようだ。
 同じ平民だから無条件で仲間だとでも?
 この神官も元聖女のように頭に花でも咲いているのか?
 寧ろ、同じ平民出身だということで他の平民の学生は身の置き場がなかった。学園に居場所などなかった筈だ。たった一人の元聖女のせいで。

「平民の学生、特に女子学生は男を漁りに来ている――と貴族学生の間で専らの評判なんです。なにしろ、成功例がありますからね。玉の輿狙いや逆玉の輿狙いが他にいないとも限らない。だからという訳ではありませんが、学園の運営の見直しが理事会で検討されているそうです」

「はっ?!」

「王立学園は元々貴族子女の学び舎。それを優秀な平民にも通わせ始めて早数十年。理事会は時期早計だったのではないか、という意見が多数を占めているらしいです。過激な理事の中には、そもそも平民に学園の門を開けたこと自体が間違いだった、と考える人もいるそうです。殆どの平民の学生は真面目で将来のために必死に勉学に励んでいるというのに、たった一人の存在のせいで将来が暗く閉じられてしまった」

「ミゲル殿……それは一体……」

「来年から学園は平民の受け入れを取りやめたそうですよ」
 
「!!?」
 
「平民の恨みが誰にいくか、貴男ならよくご存知かと思われますが」

 僕の言っていることが漸く理解できたようだ。
 そう、全てはルーチェが悪い。ルーチェさえいなければ平民学生は針の筵に立たされることはなかった。今更、理解した処でもう遅い。