ここの処、公爵家は何かと騒がしい。数日後に開かれるミゲル様のお披露目パーティーが差し迫っているからというのもあるけれど、その一方で先月牢屋に入れられたフォード氏の噂が未だに尽きないせいだろう。




「ねぇねぇ、知ってる?」

「なにを?」

「ミゲル様の元家庭教師のことよ」


 今も若いメイドたちが噂し合っている。
 お坊ちゃまの元家庭教師という肩書はそれだけで噂のし甲斐があるのだろう。公爵家の嫡男としての教育を僅か数ヶ月で修了されたミゲル様。その信じられない偉業はミゲル様の実力ではなく元家庭教師の力あってのものと囁かれていたから余計にだった。
 

「獄中に入った男の事?なに?死んだの?」

「違うわ。その男の家族のことよ」

「え~~、確か田舎に引っ越したって噂だったけど?」

「奥さんは旦那と離婚して縁を切ったらしく、長男と一緒に田舎に旅立ったらしいんだけど、娘がどうやらまだ王都にいるみたいなの」

「え!? あんな騒動があったのに?」

「ねぇ、信じられないでしょ? 王都にいる親戚が教えてくれたんだけどね、なんでもその娘、母親達と田舎に行くのを嫌がって急いで婚活してるらしいわ」

「はぁ!? 婚活!!? なんでまた?」

「田舎に行くのも嫌だけど父親の事があるでしょ?王都にいれば嫌でも『あの親の娘』って目で見られるじゃない。だからよ」

「父親とは縁を切ったんでしょ?」
 
「それでも噂は付いてまわるし、とにかく元家庭教師は名前が売れ過ぎちゃってるもの。籍を抜いたところで世間の目は厳しいわ」

「……でも、そんな娘と結婚する人なんているの?」

「いないわよ!でも本人はそんな事お構いなしみたい。良い家柄の男性に手当たり次第に声をかけているらしいわ」

「ええっ!? 良い家柄のお坊ちゃまが平民の女を相手にするわけないじゃない。その子、おかしいんじゃない?」

「う~~ん。でもね、そうでもないらしいの」

「どういうこと?」

「父親の罪が暴かれる前までは結構“高嶺の花”で通っていたらしいわ」

「高嶺の花~~? 庶民でしょ?その子」

「まあね。でも母親の方は一応貴族出身らしいわ」

「え?! そうなの?」

「元男爵令嬢みたい」

「男爵家の令嬢がなんでまた一介の雇われ教師と結婚したのよ?」

「う~~ん。私も詳しくは知らないんだけど。駆け落ち同然の結婚らしいわ」

「恋愛結婚ってこと?」

「それっぽいわね。何でも雇われ教師が優秀だったから婿に迎えようとしてたらしいわ。早い話、未来の婿に投資してたみたい。娘と結婚する代わりに学園生活を援助するみたいな?」

「あの教師、特例制度で入ったんじゃないの?」

「だからでしょ? 在学中に自分の後見人を見つけるのって特待生のセオリーじゃない。学園の生徒の間は学費や生活費諸々の心配はないだろうけど、次となるとそうはいかないもの。大学進学するにはお金がいるものね」

「ああ、それで」

「そ!」

「でも、男爵の跡を継ぐなんて話は聞いた事ないわよ?」

「そりゃ、結婚したのが庶子の娘の方だもの。仕方ないわ」

「はっ!? 庶子と婚約?」

「違う違う。婚約してたのは嫡出の姉の方」

「げっ!もしかして嫡出の方を袖にしたの?バカじゃない!!」

「う~~ん……ちょっと違うっポイ。元々庶子の娘の方と恋仲だったらしくて、姉の方と婚約した後もコッソリ付き合ってたみたい。まぁ、それが発覚したから姉の方とは婚約はご破算。教師の方は進学も出来ずに責任を取って庶子と結婚したってわけ」

「なるほどね」


 ドキリとした。
 まさか若いメイドがあんな昔の事を知っているなんて意外だわ。