えーっと、とりあえずあの悪魔を呼び出さなきゃか。
「正夢の悪魔的ななんかー!俺の前に出てこーい!」
「正夢の悪魔的な何かってなんだよ!俺様は神だぞ!?」
「えっ!?神なの!?なんか悪魔臭い顔してんのに!?」
顔は整ってるけどなんかイジワルな顔してんだよなぁ。
綺麗な声もしてるしなぁ。
なんかもったいない。
「悪魔臭いとはなんだ!お前の願いなどもう聞いてやらんぞ!」
「ごめんごめん!!知らなかったんだよ貴方様が神だと」
「ふん。仕方ないな。一度だけなら許してやろう」
⋯コイツ悪魔じゃなくて神だったのか。どっからどーみても悪魔なんだけどなぁ。
ていうか神って人間の形してんだな。
頭からつま先までその辺の一般人じゃんか。
「で、用件はなんだ?早く言え」
「はいはい。えっとね」
「お願いする立場でその態度はなんだ!!感謝を示せ!感謝を!!」
あ!?なんだコイツうっせぇなぁっ!そしてめんどくせぇっ!いちいちつっかかってくんなよぉぉ!
声に出しそうになるのをグッと堪えて神という名の悪魔を睨みつけた。
「はぁ、俺様もヒマじゃないんだぞ。未来を変えたいのか?それとも何か知りたいことでもあるのか?」
そうだ、俺は未来を変えるためにこんなヤツを呼び出したんだ。
朝野のためにもこんなムカついてるようじゃダメだよな。
「未来を、変えたい。」
「ふん。どんな未来を変えたいのだ?」
「朝野咲希、その子が死んでしまう未来を、変えたい。」
「そうか。代償を払う覚悟はあるんだな?」
「その代償ってなんだよ」
「今回だったらそうだなぁ、自然災害でも起こすか?」
悪魔はニヤニヤと笑ってこっちを見ている。
「はぁ?おかしいだろ!やっぱお前悪魔じゃんかよ!」
「流石の俺様でもそこまでやらないぞ。たった一人の人間の死で大勢の人間を殺すと他の神に白い目で見られるからな。真に受けたのか?面白いヤツだなぁ」
マジでムカつく!
なんなのコイツ?絶対神じゃねぇよなぁ!
「で、ホントの代償ってなんなんだよ!」
少し素っ気ない感じで言ってみた。
「お前の命ひとつで許してやろう」
俺の、命⋯?
それってつまり俺が死ぬってこと⋯?
「それって、俺が朝野の代わりに死ぬってこと、?」
「そういうことになるな」
「もしそうしたら、俺は、いつ死ぬの?」
「明日、だと流石に可哀想だからなぁ。三週間後でどうだ?」
今日は日曜日。
だったら、三週間後はちょうど天鈴祭の最終日か。
「それ以上、生きることはできないのか?」
「これが上限だ。これ以上生かしてしまうと起きるはずだった未来が大幅に変わりすぎてしまう可能性が高くからな。これより短くするならいっくらでもできるぞぉ?」
誰かの死ぬ未来を変えるには、誰かが死ぬしかないんだよな。
それに、未来を変えられる人は正夢使いしかいない。
それなら、俺が死んで朝野の死を変えても、いいかもしんねぇ。
結局、どっちが死んだってその辺にいる大半の人間には関係のない、高校二年生が死ぬだけ。
だったら、俺よりも多くの人間に好かれてる朝野を救った方がいい。
そうに、決まってる⋯
「死ぬのが恐いのか?」
無駄に綺麗な声が、殺風景で静かな部屋に響く。
もう夏休みが始まってて良かった。
そうじゃなかったら、もうばあちゃんが朝ごはんを作って下で待ってる頃。
こんな状況でばあちゃんと面と向かって話せる自信なんて、ない。
「恐いわけ、ないだろ?」
少しの間だけ間が空いてしまった。
「声が震えてるぞ。やっぱり恐いんだろ?それならアイツを見殺しにすればいいだけの話じゃないか」
「そんなの、出来るわけないだろ⋯」
朝野だって「今日死ぬ」なんて伝えられたら、すげぇ恐いだろうし。
まあ、知りたくても知れないんだろうけど。
「そしたら、お前が代わりに死ぬのか?」
「それは⋯」
俺は死ぬのが恐い、のか⋯?
「どちらかに覚悟を決めろ。もうそんなに時間もないんだぞ?」
「だから俺はっ!」
『朝野を救いたい』
そう言えなかった。
不意にも、死ぬのが恐いと思ってしまった。
俺が死ななきゃ、朝野を救えない。
それならって決めたんじゃん⋯
それなのに、なんでっ⋯
「三週間後ってことは、天鈴祭が終わる日までは生きていられるんだよな?」
「そうだなぁ、可哀想だから生かしてやろう。天鈴祭の次の日の朝の五時。それがお前のタイムリミットだ。」
やっぱどうしても死ぬのは恐い。
そりゃ人間だから当たり前かもしんない。
でもそれは朝野だって同じはず。
「わかった。それなら⋯」
「お前が死ぬのか?」
その言い方、やっぱ悪魔なんだよなぁ。
普通、神なら「朝野咲希を救うのか?」みたいな言い方するもんじゃないの?
まあ別にいいんだけどさぁ。
「うん。俺が死ぬ。俺が死んで、朝野咲希に生きてもらう。」
「契約成立だな。お前は今この瞬間をもって、朝野咲希の死ぬ未来を変えるために柴崎雅騎が死ぬことが決定した。それで大丈夫だな?」
悪魔はまたニヤッと笑って聞く。
「二度も言わせんなよ。それでいいって言ってんだろ!」
「それじゃあ俺様は帰るぞ。もう何も聞くことはないな?」
「ああ。何もない。」
そう言った瞬間、悪魔は俺の目の前から白い光を放って消えた。
立ち去り方だけは神感あんな。
って、あともう一時間くらいで朝野が事故に遭う予定だった時間じゃん!
たぶん居ないと思うけど、一応あの事故現場に行っておくか。
「まさくん、お休みの日だけど、そろそろ起きたらどうかなぁ?おばあちゃん朝ごはん作ったよぉ」
「あ、俺起きてるよ、ばあちゃん。今日、友達と遊びに行くから準備したら下行くから待ってて!」
「そうなのねぇ。焦らなくていいから、ゆっくり準備してきてねぇ」
ばあちゃんに「ありがと!」といつもより明るく言ってみた。
ばあちゃんは俺の様子が少しでもおかしいとすぐ気づいちゃうから。
俺は、ばあちゃんと二人暮し。
父ちゃんは俺が生まれる三ヶ月前に車に轢かれそうな小さい子を助けようとして死んじゃって、母ちゃんは俺が二歳になったばっかの頃に心臓の病気で死んじまった。
それで二歳の時にばあちゃんたちに引き取られた。
元々、ばあちゃんとじいちゃんと俺の三人だったけど、じいちゃんが一昨年ガンで死んじゃったから今は二人。
ばあちゃんの子どもは俺の母ちゃんと母ちゃんの兄貴と姉貴の三人。母ちゃん以外の二人は元気に暮らしてるけど海外で仕事をしてるから、頻繁に会うことはできない。
そーゆうことで、実質俺だけが近くにいる血縁者。
だから、ばあちゃんは俺のことを自分の子どもみたいに接してくれている。
ばあちゃん、俺が死んだら悲しむかな⋯
仕方ないこと、だけど、やっぱりどうしてもな。ばあちゃんをこれ以上、悲しませたくないって気持ちもある。
そんなこと考えてるより、今はとりあえず時間が許す限りばあちゃんの近くにいてあげるのが、せめてもの親孝行、いや祖母孝行?
何でもいいから、早く行ってあげなきゃ。
「ばあちゃーん!ご飯食べよー!」
「あっ、まさ兄!早く早く!」
この和風で少し古い家には似つかない、可愛らしい女の子の声が聞こえる。
「るる!?また来たのか⋯」
この声の正体は、この辺りのアイドル的存在で、隣の家に住んでいる金成るる。
コイツは学校が休みの日と夜、親がいないと俺たちが住んでる家に来るのだ。
「今日も親いねぇの?」
「うん!お父さんもお母さんも駆り出されちった」
「にしても忙し過ぎないか?ほぼほぼ休みねぇじゃん。今日も日曜だぞ?」
「仕方ないよー!ふたりともお医者さんだもん!」
るるの両親はどちらも医者。母親は産科医、父親は外科医。
だから二人とも忙しくて休日やら長期休みやらはほぼほぼうちに入り浸っているし、両親どっちもいない時には、平日だろうとなんだろうと泊まりに来ている。
「あ、るる。今日は俺遊びに行くから。」
「えぇー!!まさ兄お家にいないの!?やだよぉ!」
「早く食べねぇとご飯冷めんぞ。」
「あぁー!食べなきゃ!」
そう言って、るるは急いでご飯を食べ始める。
⋯口の周りに米粒ついてんじゃん。もー、どこまでおっちょこちょいなんだよ。
「るる、こっち向いて」
ご飯を口いっぱいに詰め込んでこっちに顔を向ける。
ほんと、おこちゃまだな。
そんなことを考えながらついている米粒をすっと取ってあげる。
「ほら、米粒ついてた」
「まさ兄ありがとー!大好き!」
「はいはい、ありがとうございますね。お兄さんはそろそろ出かけるので、さよーなら」
「えー!まさ兄冷たい!もっと一緒にいてよぉ」
るるは、俺が居なくなったらどうなるんだろう。
るるなら絶対、悲しみはすると思うけど⋯
ま、コイツならすぐ俺が死んだことくらいすぐ乗り越えちゃうんだろーな。
「むーり。もう行くから」
「まさくん、もう行くの?暑いからお水、もっていくんだよぉ」
「わかってるってばあちゃん。ありがと。それじゃ、もう行くから」
「えー!!もう、仕方ないなぁ。行ってらっしゃい!」
仕方ないって、何様だよ。
まあ、許してあげますけど。
俺の心が広くて助かったな、るる。
「行ってきまぁす」
ばあちゃんたちに声が届くように、いつもより少し大きな声で言ってみた。
なんていうか、自分が後ちょっとで死ぬってわかってると、今まで普通にやっていたことがすげぇ重いものに感じられちゃうもんだな。
ばあちゃんとるるには、なんやかんやすっげえお世話になってるし、この三週間でちゃんと感謝を伝えなきゃだな。
「おっ、まさじゃん!!」
不意に声をかけられて、顔を上げる。
「湊ー!久しぶり!帰省中?」
「そーそー!夏休みの間はずっとこっちにいるよー!」
この明るい少年は、俺がこっちに来てすぐに仲良くなった木下湊。
幼稚園、小学校、中学校と一緒の幼なじみだけど、高校は湊が県外の寮がある学校に行ってて、別々。
「まさは?どっか行くの?」
「えーっと、ちょっと遊びに」
少しだけ、視線を逸らす。
目を合わせたら、三ヶ月程度会えてなくたって、湊なら様子がおかしいことくらい分かってしまう気がしたから。
「そっかぁ。行ってらっしゃい!楽しんでねー!」
「湊も今度遊ぼーな」
「いいね!また後で連絡するよ!」
「じゃ、またね」
湊は、俺が見えなくなるくらいまで手を振り続けてくれた。
「感謝しなきゃいけない人、めっちゃいるじゃん」
もっと前に気づいてれば良かったのに。
そしたら、もっとみんなに感謝をちゃんと伝えられてたのに。
「もうあと少ししか生きられなくなってから気づくとかバカだな、俺」
人生の反省をしてるうちに、例の事故現場に着いた。
朝野はそこに、居なかった。
そりゃそうだと思ってたし、安心はしたけど、なんつーか、ちょっと会いたかった気もする。
会えたところでどうすんのって話だけど。
「⋯暑っついし、もう帰ろ」
久しぶりにるると遊んであげようかな。
最近、用事あるとか適当に理由つけてあんま遊んであげられてなかったしな。
一年半ぶりくらいに一緒に寝たげてもいーかもな。
いや、それは年齢的にそろそろセクハラになりそうだから辞めとくか。
「柴崎君?」
「えっ、朝野!?」
そこには、例の事故現場に行こうとしている朝野が居た。
あの悪魔、嘘つきやがったのかっ!?
アイツ、人の決意をバカにしやがって!
「柴崎くんさ、今から時間ある?」
「え、うん。あるよ。どうしたの?」
「あのさ、私の家来てくれない?」
「俺は全然いいけど、そんな簡単に家にあげちゃっていいの?俺も一応れっきとした男だし、親心配すんじゃねーの?」
ヤバい、緊張しすぎてめっちゃ早口になった気がする。
てか、変な汗かいてきたんだけど。
これ、俺が朝野の家にお邪魔したら、それこそ死んじゃうんじゃ⋯
「別に今日親いないし。柴崎くんが嫌ならいいけど⋯」
「そっ、そーゆう訳じゃない!いや、あの、行きます!行きたいです!行かせて頂きます!」
「もー、焦りすぎだって。じゃあ、一緒に来て」
うっ、流石に戸惑いすぎた。恥ず⋯
女子の扱い下手すぎるかも、俺。
「正夢の悪魔的ななんかー!俺の前に出てこーい!」
「正夢の悪魔的な何かってなんだよ!俺様は神だぞ!?」
「えっ!?神なの!?なんか悪魔臭い顔してんのに!?」
顔は整ってるけどなんかイジワルな顔してんだよなぁ。
綺麗な声もしてるしなぁ。
なんかもったいない。
「悪魔臭いとはなんだ!お前の願いなどもう聞いてやらんぞ!」
「ごめんごめん!!知らなかったんだよ貴方様が神だと」
「ふん。仕方ないな。一度だけなら許してやろう」
⋯コイツ悪魔じゃなくて神だったのか。どっからどーみても悪魔なんだけどなぁ。
ていうか神って人間の形してんだな。
頭からつま先までその辺の一般人じゃんか。
「で、用件はなんだ?早く言え」
「はいはい。えっとね」
「お願いする立場でその態度はなんだ!!感謝を示せ!感謝を!!」
あ!?なんだコイツうっせぇなぁっ!そしてめんどくせぇっ!いちいちつっかかってくんなよぉぉ!
声に出しそうになるのをグッと堪えて神という名の悪魔を睨みつけた。
「はぁ、俺様もヒマじゃないんだぞ。未来を変えたいのか?それとも何か知りたいことでもあるのか?」
そうだ、俺は未来を変えるためにこんなヤツを呼び出したんだ。
朝野のためにもこんなムカついてるようじゃダメだよな。
「未来を、変えたい。」
「ふん。どんな未来を変えたいのだ?」
「朝野咲希、その子が死んでしまう未来を、変えたい。」
「そうか。代償を払う覚悟はあるんだな?」
「その代償ってなんだよ」
「今回だったらそうだなぁ、自然災害でも起こすか?」
悪魔はニヤニヤと笑ってこっちを見ている。
「はぁ?おかしいだろ!やっぱお前悪魔じゃんかよ!」
「流石の俺様でもそこまでやらないぞ。たった一人の人間の死で大勢の人間を殺すと他の神に白い目で見られるからな。真に受けたのか?面白いヤツだなぁ」
マジでムカつく!
なんなのコイツ?絶対神じゃねぇよなぁ!
「で、ホントの代償ってなんなんだよ!」
少し素っ気ない感じで言ってみた。
「お前の命ひとつで許してやろう」
俺の、命⋯?
それってつまり俺が死ぬってこと⋯?
「それって、俺が朝野の代わりに死ぬってこと、?」
「そういうことになるな」
「もしそうしたら、俺は、いつ死ぬの?」
「明日、だと流石に可哀想だからなぁ。三週間後でどうだ?」
今日は日曜日。
だったら、三週間後はちょうど天鈴祭の最終日か。
「それ以上、生きることはできないのか?」
「これが上限だ。これ以上生かしてしまうと起きるはずだった未来が大幅に変わりすぎてしまう可能性が高くからな。これより短くするならいっくらでもできるぞぉ?」
誰かの死ぬ未来を変えるには、誰かが死ぬしかないんだよな。
それに、未来を変えられる人は正夢使いしかいない。
それなら、俺が死んで朝野の死を変えても、いいかもしんねぇ。
結局、どっちが死んだってその辺にいる大半の人間には関係のない、高校二年生が死ぬだけ。
だったら、俺よりも多くの人間に好かれてる朝野を救った方がいい。
そうに、決まってる⋯
「死ぬのが恐いのか?」
無駄に綺麗な声が、殺風景で静かな部屋に響く。
もう夏休みが始まってて良かった。
そうじゃなかったら、もうばあちゃんが朝ごはんを作って下で待ってる頃。
こんな状況でばあちゃんと面と向かって話せる自信なんて、ない。
「恐いわけ、ないだろ?」
少しの間だけ間が空いてしまった。
「声が震えてるぞ。やっぱり恐いんだろ?それならアイツを見殺しにすればいいだけの話じゃないか」
「そんなの、出来るわけないだろ⋯」
朝野だって「今日死ぬ」なんて伝えられたら、すげぇ恐いだろうし。
まあ、知りたくても知れないんだろうけど。
「そしたら、お前が代わりに死ぬのか?」
「それは⋯」
俺は死ぬのが恐い、のか⋯?
「どちらかに覚悟を決めろ。もうそんなに時間もないんだぞ?」
「だから俺はっ!」
『朝野を救いたい』
そう言えなかった。
不意にも、死ぬのが恐いと思ってしまった。
俺が死ななきゃ、朝野を救えない。
それならって決めたんじゃん⋯
それなのに、なんでっ⋯
「三週間後ってことは、天鈴祭が終わる日までは生きていられるんだよな?」
「そうだなぁ、可哀想だから生かしてやろう。天鈴祭の次の日の朝の五時。それがお前のタイムリミットだ。」
やっぱどうしても死ぬのは恐い。
そりゃ人間だから当たり前かもしんない。
でもそれは朝野だって同じはず。
「わかった。それなら⋯」
「お前が死ぬのか?」
その言い方、やっぱ悪魔なんだよなぁ。
普通、神なら「朝野咲希を救うのか?」みたいな言い方するもんじゃないの?
まあ別にいいんだけどさぁ。
「うん。俺が死ぬ。俺が死んで、朝野咲希に生きてもらう。」
「契約成立だな。お前は今この瞬間をもって、朝野咲希の死ぬ未来を変えるために柴崎雅騎が死ぬことが決定した。それで大丈夫だな?」
悪魔はまたニヤッと笑って聞く。
「二度も言わせんなよ。それでいいって言ってんだろ!」
「それじゃあ俺様は帰るぞ。もう何も聞くことはないな?」
「ああ。何もない。」
そう言った瞬間、悪魔は俺の目の前から白い光を放って消えた。
立ち去り方だけは神感あんな。
って、あともう一時間くらいで朝野が事故に遭う予定だった時間じゃん!
たぶん居ないと思うけど、一応あの事故現場に行っておくか。
「まさくん、お休みの日だけど、そろそろ起きたらどうかなぁ?おばあちゃん朝ごはん作ったよぉ」
「あ、俺起きてるよ、ばあちゃん。今日、友達と遊びに行くから準備したら下行くから待ってて!」
「そうなのねぇ。焦らなくていいから、ゆっくり準備してきてねぇ」
ばあちゃんに「ありがと!」といつもより明るく言ってみた。
ばあちゃんは俺の様子が少しでもおかしいとすぐ気づいちゃうから。
俺は、ばあちゃんと二人暮し。
父ちゃんは俺が生まれる三ヶ月前に車に轢かれそうな小さい子を助けようとして死んじゃって、母ちゃんは俺が二歳になったばっかの頃に心臓の病気で死んじまった。
それで二歳の時にばあちゃんたちに引き取られた。
元々、ばあちゃんとじいちゃんと俺の三人だったけど、じいちゃんが一昨年ガンで死んじゃったから今は二人。
ばあちゃんの子どもは俺の母ちゃんと母ちゃんの兄貴と姉貴の三人。母ちゃん以外の二人は元気に暮らしてるけど海外で仕事をしてるから、頻繁に会うことはできない。
そーゆうことで、実質俺だけが近くにいる血縁者。
だから、ばあちゃんは俺のことを自分の子どもみたいに接してくれている。
ばあちゃん、俺が死んだら悲しむかな⋯
仕方ないこと、だけど、やっぱりどうしてもな。ばあちゃんをこれ以上、悲しませたくないって気持ちもある。
そんなこと考えてるより、今はとりあえず時間が許す限りばあちゃんの近くにいてあげるのが、せめてもの親孝行、いや祖母孝行?
何でもいいから、早く行ってあげなきゃ。
「ばあちゃーん!ご飯食べよー!」
「あっ、まさ兄!早く早く!」
この和風で少し古い家には似つかない、可愛らしい女の子の声が聞こえる。
「るる!?また来たのか⋯」
この声の正体は、この辺りのアイドル的存在で、隣の家に住んでいる金成るる。
コイツは学校が休みの日と夜、親がいないと俺たちが住んでる家に来るのだ。
「今日も親いねぇの?」
「うん!お父さんもお母さんも駆り出されちった」
「にしても忙し過ぎないか?ほぼほぼ休みねぇじゃん。今日も日曜だぞ?」
「仕方ないよー!ふたりともお医者さんだもん!」
るるの両親はどちらも医者。母親は産科医、父親は外科医。
だから二人とも忙しくて休日やら長期休みやらはほぼほぼうちに入り浸っているし、両親どっちもいない時には、平日だろうとなんだろうと泊まりに来ている。
「あ、るる。今日は俺遊びに行くから。」
「えぇー!!まさ兄お家にいないの!?やだよぉ!」
「早く食べねぇとご飯冷めんぞ。」
「あぁー!食べなきゃ!」
そう言って、るるは急いでご飯を食べ始める。
⋯口の周りに米粒ついてんじゃん。もー、どこまでおっちょこちょいなんだよ。
「るる、こっち向いて」
ご飯を口いっぱいに詰め込んでこっちに顔を向ける。
ほんと、おこちゃまだな。
そんなことを考えながらついている米粒をすっと取ってあげる。
「ほら、米粒ついてた」
「まさ兄ありがとー!大好き!」
「はいはい、ありがとうございますね。お兄さんはそろそろ出かけるので、さよーなら」
「えー!まさ兄冷たい!もっと一緒にいてよぉ」
るるは、俺が居なくなったらどうなるんだろう。
るるなら絶対、悲しみはすると思うけど⋯
ま、コイツならすぐ俺が死んだことくらいすぐ乗り越えちゃうんだろーな。
「むーり。もう行くから」
「まさくん、もう行くの?暑いからお水、もっていくんだよぉ」
「わかってるってばあちゃん。ありがと。それじゃ、もう行くから」
「えー!!もう、仕方ないなぁ。行ってらっしゃい!」
仕方ないって、何様だよ。
まあ、許してあげますけど。
俺の心が広くて助かったな、るる。
「行ってきまぁす」
ばあちゃんたちに声が届くように、いつもより少し大きな声で言ってみた。
なんていうか、自分が後ちょっとで死ぬってわかってると、今まで普通にやっていたことがすげぇ重いものに感じられちゃうもんだな。
ばあちゃんとるるには、なんやかんやすっげえお世話になってるし、この三週間でちゃんと感謝を伝えなきゃだな。
「おっ、まさじゃん!!」
不意に声をかけられて、顔を上げる。
「湊ー!久しぶり!帰省中?」
「そーそー!夏休みの間はずっとこっちにいるよー!」
この明るい少年は、俺がこっちに来てすぐに仲良くなった木下湊。
幼稚園、小学校、中学校と一緒の幼なじみだけど、高校は湊が県外の寮がある学校に行ってて、別々。
「まさは?どっか行くの?」
「えーっと、ちょっと遊びに」
少しだけ、視線を逸らす。
目を合わせたら、三ヶ月程度会えてなくたって、湊なら様子がおかしいことくらい分かってしまう気がしたから。
「そっかぁ。行ってらっしゃい!楽しんでねー!」
「湊も今度遊ぼーな」
「いいね!また後で連絡するよ!」
「じゃ、またね」
湊は、俺が見えなくなるくらいまで手を振り続けてくれた。
「感謝しなきゃいけない人、めっちゃいるじゃん」
もっと前に気づいてれば良かったのに。
そしたら、もっとみんなに感謝をちゃんと伝えられてたのに。
「もうあと少ししか生きられなくなってから気づくとかバカだな、俺」
人生の反省をしてるうちに、例の事故現場に着いた。
朝野はそこに、居なかった。
そりゃそうだと思ってたし、安心はしたけど、なんつーか、ちょっと会いたかった気もする。
会えたところでどうすんのって話だけど。
「⋯暑っついし、もう帰ろ」
久しぶりにるると遊んであげようかな。
最近、用事あるとか適当に理由つけてあんま遊んであげられてなかったしな。
一年半ぶりくらいに一緒に寝たげてもいーかもな。
いや、それは年齢的にそろそろセクハラになりそうだから辞めとくか。
「柴崎君?」
「えっ、朝野!?」
そこには、例の事故現場に行こうとしている朝野が居た。
あの悪魔、嘘つきやがったのかっ!?
アイツ、人の決意をバカにしやがって!
「柴崎くんさ、今から時間ある?」
「え、うん。あるよ。どうしたの?」
「あのさ、私の家来てくれない?」
「俺は全然いいけど、そんな簡単に家にあげちゃっていいの?俺も一応れっきとした男だし、親心配すんじゃねーの?」
ヤバい、緊張しすぎてめっちゃ早口になった気がする。
てか、変な汗かいてきたんだけど。
これ、俺が朝野の家にお邪魔したら、それこそ死んじゃうんじゃ⋯
「別に今日親いないし。柴崎くんが嫌ならいいけど⋯」
「そっ、そーゆう訳じゃない!いや、あの、行きます!行きたいです!行かせて頂きます!」
「もー、焦りすぎだって。じゃあ、一緒に来て」
うっ、流石に戸惑いすぎた。恥ず⋯
女子の扱い下手すぎるかも、俺。