白石 芽依side
樹さんに告白してから、数日が経った。
だけど、あの日以来樹さんと顔を合わせていない。
私の気のせいかと思ってたんだけど、会わなさすぎる。
もしかして・・・避けられてるのかな?
そう考えている時、廊下で新一くんが歩いてくるのが見えた。
新一くんなら、樹さんがどこに行ったのか分かるかな?
「あ、新一くん」
「あ、芽依ちゃん。どうしたの?」
「あの・・・樹さん知らない?なんか、最近見ないなーと思って・・・」
私に声をかけられて足を止める新一くんに気になっていたことを聞く。
すると、え?みたいな表情をした新一くん。
「あぁ、芽依ちゃん聞いてない?樹さん、しばらくここを離れるんだって。理由はよく分かんなかったけど」
「・・・え?」
新一くんの言葉に、私の思考は完全に停止した。
タイミング的に、私が告白したから・・・だよね?
もしかしなくても、避けられてるじゃん。
「樹さんに芽依ちゃんのことよろしくって言われたけど、芽依ちゃんのところには来なかったの?」
「・・・うん、来てないよ」
「へぇ、珍しいこともあるんだね。芽依ちゃんには絶対言うと思ってた」
私の記憶が正しければ、あの日以来樹さんとは顔を合わせていない。
私が告白したから・・・。
・・・こんなことになるなら、告白しなきゃ良かったな・・・。
「・・・?芽依ちゃん?どうしたの?」
黙り込んでうつむいていると、不思議に思ったのか顔を覗き込んで心配そうにしている新一くん。
新一くんには前に樹さんが好きなことを話してるし・・・相談に乗ってくれるかな?
「・・・私、告白したの。樹さんに・・・」
「!!ってことは付き合った──」
「でも、振られたの。付き合えないって」
新一くんの言葉を遮るように、事実を伝えた。
改めて口にすると結構くるな・・・。
「は?なんで?」
「わかんない。大事だからダメだって言われた」
そんなの、私が知りたい。
だって、あの口振りは私のことが好きだって言ってるようなものだった。
なのに・・・なのに、結果はこれだ。
「・・・樹さん・・・なにしてんだ・・・?」
「私、あの時から樹さんに会ってないんだ。・・・もしかして、避けられてるのかな?私のことなんとも思ってないから、迷惑だったのかも・・・」
「そんなことないよ。まだ本人から直接言われた訳じゃないんだし。帰ってきてから樹さんに聞いてみなよ」
「・・・うん」
新一くんの言葉に、素直に頷く。
そうだ・・・まだ本人の口から確かめたわけじゃない。
決めつけるのは、良くないよね。
伊瀬 新一side
樹さんが出ていってから、2週間が経った。
「新一くん、樹さんは?」
「んーん、まだ帰ってきてないみたい」
「・・・そっか」
朝起きる度に芽依ちゃんは樹さんが帰ってきてるかどうかを確認していた。
そして、帰ってきてないと知ると日に日に落ち込む度合いが増えていっている。
学校の様子はわからないけど・・・バイト中も屋敷の中でも、芽依ちゃんは沈んでいた。
どこか上の空で、いつも憂いた表情をして・・・樹さんのことを想っているようだ。
・・・正直、そんな芽依ちゃんは見てられない。
そう思った俺は、スマホを取り出してとある連絡先に電話をかける。
『・・・なんだ』
呼び出し音の後に聞こえてくる、冷静な声──樹さんだ。
「樹さん?今どこですか?」
『どこでもいいだろ』
あぁ・・・そう言うと思った。
想像していた通りの言葉に、俺はため息をついた。
「芽依ちゃん、樹さんがいなくて寂しがってますよ。いい加減、帰ってきたらどうです?」
『・・・・・・まだダメだ。こんな状態じゃ帰れねぇ』
こんな状態じゃ・・・?どんな状態だよ。
樹さんの言葉にハテナを浮かべながらも、その言葉に怒りが湧いてきた。
「・・・あの。帰れないのは仕方ないとして、芽依ちゃんに一言何か連絡してあげてください。見てるこっちがしんどいんですけど」
『・・・無理だ』
「そんなこと言ってると──俺、芽依ちゃんのこと奪いますよ?」
『っ・・・!! 』
俺の言葉で何かを言おうとしてやめる樹さん。
いつもなら、こんなこと言おうもんならキレそうなものなのに・・・。
『・・・芽依が望むなら・・・それでいい』
「はぁ!?そんなこと望むわけないでしょ!?芽依ちゃんは他でもないアンタが好きなんですよ!?」
『・・・知ってる』
「じゃあなんでっ・・・!!なんで・・・そばを離れて悲しませてんすか・・・!!傍にいろよ!!」
芽依ちゃんの気持ちを知ってるくせに、離れようとする樹さんに対してやるせない気持ちになる。
両想いなのに・・・なんで・・・!?
『・・・大事だから、遠ざけてぇんだ』
「・・・は?」
『俺は・・・兵頭組の若頭だ。どうしたって、芽依を危険に巻き込んじまう。好きだから、遠ざけたいんだ』
樹さんは冷静に、それでいてつらそうに言葉を吐き出す。
樹さん・・・本当に不器用な人だな。
「・・・だからって、芽依ちゃんを悲しませていい理由にはなりませんよ。早く帰ってきてください」
『・・・善処はする』
その言葉を残し、ブツっと電話が切れる。
樹さん・・・もしかして、ここ出ていったのって芽依ちゃんへの気持ちを無くすためだったりするのかな。
だとしたら、的外れなことしてるって。
大事なら傍で守るぐらいしろよ。
「ったく・・・ほんとにどうしようもねぇ奴らだよ・・・」
白石 芽依 side
樹さんが出ていってから1ヶ月が経った。
だけど、樹さんは一向に帰ってこない。
いつも一緒にいたから・・・なんか・・・傍に樹さんがいないことが寂しくてたまらない。
だけど、こうなったのは私が招いたこと。
嘆いたって、この事実は変わらない。
縁側で体育座りをして、この寂しさを紛らわせようとしていた。
「・・・めーいちゃん。どうしたの?」
近くを通っていたであろう新一くんが私の隣に座りながら声をかけてくる。
顔を上げて新一くんのことを見た時、ジワッと涙が溢れそうになった。
「・・・・・・樹さんが出ていってから、1ヶ月経つじゃないですか」
「うん、そうだね」
「それまでずっと一緒にいたから・・・なんか・・・寂しくて・・・」
隣に座っている新一くんに向けて、ポツポツと話し始める。
自分の感情を吐き出す時って、どうしてこうも涙が出てきそうになるのかな。
「でも、こうなったのは、私が告白したせいだと思うと・・・なんか・・・。 もう・・・全部なかったことになればいいのにってっ・・・!!」
ずっと思っていたことを吐き出した時、ボロボロと涙がこぼれてくる。
告白したことへの後悔が渦巻いて、感情がグチャグチャになって・・・なにがなんだか分からなくなってしまった。
「・・・うん、そうだね。ツラいね」
優しい言葉をかけながら背中をさすってくれる新一くん。
「・・・樹さんに・・・会いたいよぉ・・・寂しい〜・・・」
その言葉を聞いていると、自分の感情を素直に口にしてしまった。
流れる涙を隠すように、顔を覆う。
次々と流れていく涙は私の手を濡らしていった。
「・・・・・・ですって、樹さん」
「・・・え?」
新一さんが顔を上げて見た方に視線を向けると、荷物を抱えた樹さんが廊下に立っていた。
「い・・・樹・・・さん・・・?」
樹さんを見つめていると、ふぅ・・・と息をついてからその場を去る新一くん。
だけど、そんな事なんて気にもできないほど私は樹さんがいることに戸惑っていた。
「・・・俺、芽依に告白されてから考えてたんだ。俺は兵頭組の若頭だ。どうしたって敵対している組に狙われる。それじゃなくても、お前は浜松組に狙われた。・・・俺が関わったから」
私に近付きながら次々に言葉を吐き出す樹さん。
私は、その姿をただ見つめることしか出来ない。
「お前が大事だから、遠ざけたかったんだ。俺が関わらなければ、お前は幸せになれるって思ってた。・・・お前を泣かせちまったけどな・・・」
私の座ってる近くまで歩いてきて立ち止まる。
樹さんの声がすんなりと私の耳へと届いていた。
「でもな・・・離れれば離れるほど、お前が恋しくなってきやがる。傍にいたいと強く思っちまう」
私の前にしゃがみこんで、顔をのぞき込む樹さん。
そして、優しく流れた涙を指で拭う。
「なぁ、芽依。俺は、お前が好きだ。俺の近くにいると危ねぇかもしれねぇ。だけど、俺はお前の傍にずっといたい。お前の傍にいても良いか?」
「っ・・・はいっ・・・私もっ・・・樹さんの傍にいたいです・・・!」
「・・・ありがとな」
優しい目で私を見つめる樹さんに返事をすると、優しく抱きしめてくる樹さん。
すっぽりと包み込まれるように抱きしめられ、ドキドキし始めるけど、彼の大きな背中に手を回した。
樹さんと結ばれてから、1ヶ月──
今日は樹さんの20歳の誕生日だ。
兵頭組全員でお祝いの宴を催しをしている。
パーティーが始まってある程度時間が経ったんだけど・・・。
酔ってしまった樹さんが私を後ろから抱きしめている状態になっていた。
「あの・・・樹さん?」
「芽依〜、芽依〜・・・!!」
私の肩に顔を埋めてぐりぐりとすりつけてくる樹さん。
体に回された腕はちょっとやそっとじゃ離れそうにないぐらい力強い。
「アッハハハハッ!!樹の奴酒弱ぇなぁ!!」
樹さんがベロベロな様子を見てゲラゲラと笑っている圭介さん。
そう言う圭介さんも結構酔っていそうだ。
「だからあまり酒をつぐなと言っただろう。俺に似て酒強くねぇんだから」
「飲むって言ったの樹の方っすよ」
「だからといって、お嬢さんに迷惑がかかるだろう」
圭介さんに注意をする組長さんは樹さんに抱きつかれている私を見つめる。
私、別に迷惑じゃないんだけどね。
むしろ可愛いし。
「あ、いえ。私は迷惑ではないので大丈夫ですよ。珍しい樹さん見れて嬉しいので」
「芽依、なに俺以外と話してんだよ。俺と喋れよ〜・・・俺に笑いかけろよ〜・・・!」
笑いながら組長さんと話すと、樹さんは肩にあごをのせながらゆさゆさと私の体を揺さぶる。
樹さんの方をみると、顔を真っ赤にしながらムスッとしていた。
いつもなら無言で相手を睨みつけるだけなのにこうして口に出して言うってことはだいぶ酔ってるよね?
「樹さん、お水飲んでください。さすがに酔すぎですよ」
「やだ」
「やだじゃない。ほら、離れて水飲んで」
「いやだ。芽依の傍にいる」
さっきまでとは比べ物にならないぐらい強い力で私の事を抱きしめてくる樹さん。
水を飲もうとしない樹さんに思わず笑ってしまう。
いつも抱きついたらなかなか離れようとしない感じだったけど、今日はさらに酷いな。
「あーぁ、いつにも増してベッタベタだな。芽依、嫌なら部屋に戻ってもいいぞ?」
「いえ、大丈夫です。酔った樹さん、可愛いので」
圭介さんの提案に笑いながら断る。
こんな珍しい樹さん見れるのもお酒入った時ぐらいだし・・・それに可愛いし。
「あの樹さんを可愛いって言える芽依ちゃんが怖いよ」
「そう?」
ジュースを飲んでいた新一くんが、机に頬杖をつきながら呆れたように口にする。
樹さん、可愛いじゃん。
「めーいー!!俺と喋れよー!!」
色んな人と話していると、樹さんが私の肩にぐりぐりと顔をすりつけてくる。
ほら、こんなに可愛い。
「何喋るんですか?」
「んー・・・いっぱい」
「ふふっ、いっぱい喋りましょうか」
思わず笑いながら、樹さんと会話をする。
だけど、酔っていて話題が出ないのか樹さんからは話題は出てこない。
「うん。芽依といっぱい喋りたい。好きだから。芽依は俺の事好き?」
「好きですよ」
いつもサラッと言うけど、いつも以上に饒舌に言葉を発する樹さん。
そんな所も可愛いな。
「うっわ、甘いわー・・・砂糖吐きそう」
「そうっすね。だけど──幸せそうでなによりっすよ」
「そうだな」
そんな会話をしているとは知らずに、樹さんと笑いながら夜が更けるまで談笑していた。
樹さんと結ばれてから数年──結婚をして子供が産まれた。
名前は──伊夜。
もうすぐ1歳になる。
「あー、まーまー」
「!!樹さん、伊夜が“ママ”って言いましたよ」
「そうか。パパが先だと思ってたんだけどな」
近くでくつろいでいた樹さんに伊夜がママと言ったことを伝えると、少し残念そうにしている樹さん。
芽依より先に呼ばれたい!って前に話してたもんね。
「惜しいところまでは言ってたんですけどね 」
「伊夜、パパって言ってみろ。ほら、パーパ」
「ぱぁ?」
私が抱っこしている伊夜に向かってかがみながら声をかける。
伊夜が樹さんの方を向いて樹さんの言葉を真似し始める。
もう少しで言えそうね。
「パーパ」
「ぱ・・・ぱーぱー」
「!!め、芽依!!今!!パパって!!」
「ふふっ、言いましたね」
伊夜の言葉を聞いてキラキラとした表情で私の方を向く樹さん。
最近表情豊かになったな・・・それも、伊夜のおかげかな?
「伊夜〜、パパだぞ〜!!」
「樹さん、抱っこしますか?」
「する」
私が樹さんに伊夜の抱っこをするか聞くと、これでもかというぐらい即答してくる。
それを聞いて、思わず笑ってしまった。
「ふふっ・・・はい、おねがいしますね」
「伊夜ー・・・よーしよし」
グズる事もなく、樹さんの腕の中にいる伊夜を見て、愛おしくなってくる。
「可愛いですね」
「あぁ。芽依の子だ。可愛くて当たり前だろう」
「そうですか?樹さんに似てると思いますよ?」
「そうか?」
私の言葉に、伊夜のことを見つめる樹さん。
その視線に、キャッキャと嬉しそうに笑う伊夜。
「笑ったところとか樹さんにそっくりです」
「そうか。顔立ちは芽依そっくりだけどな」
「ふふっ、そうですね」
お互いの顔を見つめあって微笑む。
お互いがお互いに似てると思ってたみたいだ。
2人の子供だから当たり前なんだけどね。
「・・・なぁ、芽依」
「なんですか?」
「今、幸せか?」
いつになく真剣な表情を浮かべている樹さん。
幸せか・・・か。
そんな決まりきってること聞いてくるなんて・・・。
「なにバカなこと聞いてるんですか。・・・幸せに決まってますよ」
「・・・そうか。ならいい」
優しい笑みを浮かべながら私を見つめる樹さんに微笑み返す。
こんな生活、幸せすぎるぐらいだ。
「樹さん、愛してます」
「あぁ。俺もだ」
素直に言葉を紡ぎ、伊夜を抱きかかえている樹さんの胸へと飛び込む。
それを難なく受け止め、お互いに笑いあった。
【END】