ごく普通の赤髪ポニーテールの高校2年生・彼岸一花は、近頃怪奇現象に悩まされていた。一番後ろの席のはずなのに背後から視線を感じたり、人がいないのに物音がしたり、落下物が机に戻っていたり。お化けは信じていないのでそこまで怖くないが、流石に不気味だった。
「といっても決まって学校内だけだから、周囲の雑音とか気のせいかもしれないけど。礼子ちゃんはどう思う?」
休み時間、隣の席に座っている友人の神杜礼子に声をかける。彼女は黒く艶やかな姫カットのロングの髪を耳にかけながら言った。
「いますわ。幽霊さんが」
いつものおっとりした声で、平然と。
「え?」
一花は困惑して固まった。
「何、何か見えてるの?」
「それはもう見えまくりですわ。私、昔から霊感が強いものですから」
「そうだったの!?」
中学からの付き合いだが、初耳である。
「信じてもらえないと思って隠しておりました」
「確かにお化けは信じてないけど、友達の言うことなら信じるよ……」
信じてもらえないと思われていたことが少し寂しい。
「それは良かったですわ。ではこの際はっきり申し上げますが」
礼子は身体を向け、垂れ目がちの黒い瞳で一花をじっと見つめた。
「正確に言えば、私たちの元クラスメイトの幽霊さんが、一花さんをストーカーしておりますわ」
最悪だ。縁起が悪いというか、悪縁すぎるというか。
あと、元クラスメイトで亡くなった人といえば一人しかいない。一ヶ月前、交通事故で突然亡くなった、現在の一花たちと同じ2年A組だった男子。
「それってもしかしなくても、小羽敬人くん……」
「その方は仮にKさんとします」
「いや、Kって完全に敬人……」
「本人希望で伏せさせていただきます」
なんでだよ。
「というか本人と喋れるの!?」
「はい。今もそこにいらっしゃいますわ」
礼子は一花の背後のロッカーの上を指差した。
「もっと早く言って!?」
一花は慌てて立ち上がる。蚊が身体に止まっているのに教えてくれないようなものだ。
「あ、それも言ってはいけなかったのですね。すみません、つい」
敬人……Kに怒られたらしく、礼子は虚空に向かってぺこりと頭を下げる。なんともシュールな光景である。
すると頭を上げた礼子は、今度は説得に回った。
「でもいつまでも隠れていてもどうにもなりませんわ。私の能力も一花さんに信じてもらえたことですし、敬人さんも勇気を出して姿を現して……って、それができたら幽霊ではありませんものね。すみません」
多分すみませんとも何とも思っていないだろうし、普通に名前言っちゃってるし。ストーカー相手だとはいえ、なかなか失礼な気がする。
「でもたとえ見えなくても、そこに存在していることを認識してもらえるだけで良いのではないでしょうか」
礼子は説得を諦めない。
数秒の静寂の後。
「やっぱりそうですよね」
礼子は微笑んだ。どうやら敬人も納得したらしい。いや、ストーカーのくせに勝手に納得しないでもらって。
「えっと、そもそもなんでストーカーを……?」
一花はおずおずと尋ねた。敬人とは話したこともなければ目を合わせたことすらない。せいぜい宿題のプリントを集めたり給食を配った時に近付いた程度だ。ただのクラスメイトの一人だし、向こうから見たこっちもそうだろうと思っていた。そうじゃないのだとしたら、一体何を思って──
「それは私の口からは言えませんわ」
礼子はそうきっぱりと言い切った。
「いやでも喋れないんじゃ知りようが……」
「そうですわね。でもこればっかりはご本人の意向ですので」
そこにいることも名前もバラしたくせに、これは余程の秘密らしい。
「ご安心下さい、一花さんが心配するようなことは何もありませんし、何より私が監視していますので」
怪訝な顔をする一花に、礼子はにこやかに微笑む。そんな顔をされたら、友達としては信じるしかなくなってしまう。
「分かった、理由を知るのは諦めるよ。でもどんな理由があろうと、一旦ストーカーはやめてもらって……」
「あ、ちなみになんですが、またお父様がこのような素晴らしいものを開発しまして」
話を遮り、礼子はスカートのポケットから瓶を取り出すと、メイク紹介動画のごとく手のひらを背景にして見せてきた。
「題して『霊視できるようになる薬』ですわ〜」
怪しすぎる。
「こちら何が凄いかって、私のようにむやみやたらに全ての霊が見えるのではなく、『見たい』と強く願った対象だけが見えるようになるのです。実際私も真っ先に試したところ、現在敬人さんしか見えないようになっており、視界が大変良好です。流石お父様、相変わらず天才ですわ♡」
礼子は胸の前で手を組み、うっとりと天を仰ぐ。確かに礼子の父親は優秀な博士らしいが、礼子はいつも父親を過信しすぎている。その薬、果たして安全なのか。違法じゃないのか。
「礼子ちゃんのことは信じる、けどこれは流石にちょっと……」
「今ならなんと特別友人価格で、1000円のところを100円でお売りしますわ!」
しかも金取るんかい。
「試す価値は十分にありますわ。どうか前向きにご検討下さいませ」
ようやく宣伝が終わったかと思うと、礼子は瓶から3粒ほど取り出し、ティッシュに包んで渡してきた。
「これは無料のお試し分ですわ」
セールスマンのごとく図々しい。
「あ、ありがとうね」
多分ゴミ箱に捨てるだろうが、断るとまた熱弁してきそうなので一応貰っておく。そこでチャイムが鳴ったので、一花たちは話すのをやめて席についた。
──結局何も解決していないのだが。
「といっても決まって学校内だけだから、周囲の雑音とか気のせいかもしれないけど。礼子ちゃんはどう思う?」
休み時間、隣の席に座っている友人の神杜礼子に声をかける。彼女は黒く艶やかな姫カットのロングの髪を耳にかけながら言った。
「いますわ。幽霊さんが」
いつものおっとりした声で、平然と。
「え?」
一花は困惑して固まった。
「何、何か見えてるの?」
「それはもう見えまくりですわ。私、昔から霊感が強いものですから」
「そうだったの!?」
中学からの付き合いだが、初耳である。
「信じてもらえないと思って隠しておりました」
「確かにお化けは信じてないけど、友達の言うことなら信じるよ……」
信じてもらえないと思われていたことが少し寂しい。
「それは良かったですわ。ではこの際はっきり申し上げますが」
礼子は身体を向け、垂れ目がちの黒い瞳で一花をじっと見つめた。
「正確に言えば、私たちの元クラスメイトの幽霊さんが、一花さんをストーカーしておりますわ」
最悪だ。縁起が悪いというか、悪縁すぎるというか。
あと、元クラスメイトで亡くなった人といえば一人しかいない。一ヶ月前、交通事故で突然亡くなった、現在の一花たちと同じ2年A組だった男子。
「それってもしかしなくても、小羽敬人くん……」
「その方は仮にKさんとします」
「いや、Kって完全に敬人……」
「本人希望で伏せさせていただきます」
なんでだよ。
「というか本人と喋れるの!?」
「はい。今もそこにいらっしゃいますわ」
礼子は一花の背後のロッカーの上を指差した。
「もっと早く言って!?」
一花は慌てて立ち上がる。蚊が身体に止まっているのに教えてくれないようなものだ。
「あ、それも言ってはいけなかったのですね。すみません、つい」
敬人……Kに怒られたらしく、礼子は虚空に向かってぺこりと頭を下げる。なんともシュールな光景である。
すると頭を上げた礼子は、今度は説得に回った。
「でもいつまでも隠れていてもどうにもなりませんわ。私の能力も一花さんに信じてもらえたことですし、敬人さんも勇気を出して姿を現して……って、それができたら幽霊ではありませんものね。すみません」
多分すみませんとも何とも思っていないだろうし、普通に名前言っちゃってるし。ストーカー相手だとはいえ、なかなか失礼な気がする。
「でもたとえ見えなくても、そこに存在していることを認識してもらえるだけで良いのではないでしょうか」
礼子は説得を諦めない。
数秒の静寂の後。
「やっぱりそうですよね」
礼子は微笑んだ。どうやら敬人も納得したらしい。いや、ストーカーのくせに勝手に納得しないでもらって。
「えっと、そもそもなんでストーカーを……?」
一花はおずおずと尋ねた。敬人とは話したこともなければ目を合わせたことすらない。せいぜい宿題のプリントを集めたり給食を配った時に近付いた程度だ。ただのクラスメイトの一人だし、向こうから見たこっちもそうだろうと思っていた。そうじゃないのだとしたら、一体何を思って──
「それは私の口からは言えませんわ」
礼子はそうきっぱりと言い切った。
「いやでも喋れないんじゃ知りようが……」
「そうですわね。でもこればっかりはご本人の意向ですので」
そこにいることも名前もバラしたくせに、これは余程の秘密らしい。
「ご安心下さい、一花さんが心配するようなことは何もありませんし、何より私が監視していますので」
怪訝な顔をする一花に、礼子はにこやかに微笑む。そんな顔をされたら、友達としては信じるしかなくなってしまう。
「分かった、理由を知るのは諦めるよ。でもどんな理由があろうと、一旦ストーカーはやめてもらって……」
「あ、ちなみになんですが、またお父様がこのような素晴らしいものを開発しまして」
話を遮り、礼子はスカートのポケットから瓶を取り出すと、メイク紹介動画のごとく手のひらを背景にして見せてきた。
「題して『霊視できるようになる薬』ですわ〜」
怪しすぎる。
「こちら何が凄いかって、私のようにむやみやたらに全ての霊が見えるのではなく、『見たい』と強く願った対象だけが見えるようになるのです。実際私も真っ先に試したところ、現在敬人さんしか見えないようになっており、視界が大変良好です。流石お父様、相変わらず天才ですわ♡」
礼子は胸の前で手を組み、うっとりと天を仰ぐ。確かに礼子の父親は優秀な博士らしいが、礼子はいつも父親を過信しすぎている。その薬、果たして安全なのか。違法じゃないのか。
「礼子ちゃんのことは信じる、けどこれは流石にちょっと……」
「今ならなんと特別友人価格で、1000円のところを100円でお売りしますわ!」
しかも金取るんかい。
「試す価値は十分にありますわ。どうか前向きにご検討下さいませ」
ようやく宣伝が終わったかと思うと、礼子は瓶から3粒ほど取り出し、ティッシュに包んで渡してきた。
「これは無料のお試し分ですわ」
セールスマンのごとく図々しい。
「あ、ありがとうね」
多分ゴミ箱に捨てるだろうが、断るとまた熱弁してきそうなので一応貰っておく。そこでチャイムが鳴ったので、一花たちは話すのをやめて席についた。
──結局何も解決していないのだが。