意味がわからず、2回3回と目を瞬く。

いや、言っていることは分かる。でも理解が追いつかない。


「あ、後ろは荷物あるから助手席な。他の先生に見られたくないから警戒しろよ」


一方的に話を終えると、一糸先生は車のキーを渡してどこかへと消えていった。


質問の答えは聞けていないが、あの口調と態度の変貌ぶりが十分にその役割を果たしている。一糸先生は間違いなく、卒業パーティーの日に会った“モッさん”だ。


――――やばい。最悪だ。




赤い車を見つけて助手席へ乗り込むと、体を丸めてこれまでの言動を振り返る。


まさか、最も見られたくない姿を披露してしまった相手が、担任だったなんて。こんな結果を誰が予想できる?


確かにあの日は、顔なんて大して見ていなかった。焼き鳥屋にいる“おひとりさま”ってだけで、オジサン認定した。でもこれは詐欺レベルだ。

ひと目でモッさんと一糸先生が結びつく人間なんて、絶対にいない。


というか、なんで言われるがまま車に乗っちゃうかな。私のバカ――。


頭を抱えてみても、散らかった思考が整理されるわけもなく。一糸先生が運転席に乗り込んできたことで、私は全てを放棄した。


「悪い。いま電話あって、ちょっとアトリエ寄るけど大丈夫か?」


一糸先生が少しでも動くと、エアリー感を失った黒髪から雫が落ちる。


この土砂降りのなか、校舎と駐車場を往復か。……放っておけばいいのに。


「聞いてる? あの焼き鳥屋の近くなんだけど」

「あ、はい。体育祭の準備で遅くなるって連絡はしてるんで」

「んじゃシートベルトして」


今回ばかりは嫌味のひとつも浮かばず、黙って先生の指示に従う。

重く鈍い起動音を発した車は、雨音をBGMに、ゆっくりと動き出した。