私がいきなり大声を上げたせいか、先生は瞬時にこちらへ顔を向けた。

目に被っているモッサリした黒髪。間違いない。今の状態にメガネを掛けたら、あの日見たモッさんの完成だ。


「―――とせんせぇ」


呆気に取られていたのも束の間、ふいに、放心状態だった私を呼び戻す野太い声が聞こえてきた。


「あーっと確か、椎名だったよな? 一糸先生見てないか?」


学年主任の沢村先生が私の名前を覚えていたのは意外だったが、それはまあいいとして。


返事をしない一糸先生へ、チラリと視線を送る。

先生はなぜか靴箱の陰にしゃがみ込み、身を潜めていた。おまけに、眉間にシワを寄せながら、しかめっ面で首を横に振る始末。


「……知りません」

「そっか、引き止めて悪かったな。傘がないなら事務室に貸出用があるから、早く帰れよ」

「はい、有難うございます」


沢村先生の足音が遠のいていくと、未だタオルを被ったまま屈んでいる一糸先生を見下ろす。


「なんで隠れるんですか?」

「え? ……まぁ、なんとなくですよ」


先生が頭上のタオルを首に掛け直したことで、モサモサヘアが再び露になった。ドクン、ドクン、と少しずつ緊張が高まっていく。


「あの、先生……」

「はい?」

「焼き鳥屋……えっと、カフェオレを2本、女の子に奢った記憶ってありますか?」


居た堪れない数秒間の沈黙ののち、先生は静かに立ち上がった。


「この後は帰るだけだろ? 庇って貰ったし送ってやる。職員駐車場、奥の方に停まってる赤い車だから」