カフェに入り浸って課題プリントが一段落したころ、お手洗いから戻って来たカンナが、人目もはばからず声を張った。


「全然気づかなかったね」


ダラダラと滞在しやすい店奥の席から見えるのは、次第に夜の色に染まっていくすりガラスだけ。BGMと周囲の喋り声で、雨音も聞こえない。


「芙由、傘持ってる?」

「持ってるように見える?」


質問返しを戯けた表情でかわしたカンナは、スマホを手にとった。


こんなときの選択肢としては主に2つしかない。濡れて帰るか、仕事帰りの親に拾って貰うかだ。


――――ああ、ヤバい。


「カンナ。私、学校戻るね」

「は? なんで!」

「机にスマホ入れっぱだ」


眉間にくっきりと縦ジワを作りながら、カンナが苦しそうに唸る。私の気持ちに寄り添おうとしてくれるこういうところ、好き。


「それは……キビシイ。ここで親待ってたら学校閉まるよね」

「うん、だから行くね。また明日」

「ガッテンショウチ! 気をつけてね」


体育祭の練習用に持ち歩いていたフェイスタオルを頭から被ると、来た道を猛ダッシュで引き返す。時間的にはいくらか余裕があっても、そもそも、タラタラ走っていられる雨脚ではない。


打ち付ける雨に若干の痛みを感じながら校門まで辿り着いた時、正面玄関を締めている人影が見えて、私は更にスピードを上げた。


「あれ、椎名さん。びしょ濡れでどうしたんですか? 風邪ひきますよ」


妙に癇に障る、穏やかで低い声。2人きりになることを1番避けたい相手なのに、なんの因果があるというのか。