どうやら一糸先生は、簡略化されたカンナの説明でも全てを察せるらしい。話の冒頭だけで納得したように頷かれると、余計に惨めだ。



成弥くんが例の話を持ちかけてきたのは、宿泊研修が終わってすぐのこと。


私達が各学年の2組から成る『青組』であることと、青組の団長がカンナの兄『成弥くん』であることを知ったのは、一週間くらい前の話。


そして、組対抗リレーのメンバー選出に体力測定の結果が使われると知ったのは、つい先日だった。


「1000円返すからリレーやめたい」

「芙由はまだマシじゃん! ウチなんてタダでリレー走らされるんだよ」

「僕もです」


ストローを咥えていた人は頬を膨らませ、タバコを咥えていた人はそっぽを向く。もう、どいつもこいつも。


「カンナ、お兄ちゃんの為だと思って頑張って。あと先生も。給料貰ってるんだから頑張ってください」


捻り出した私からのエールに、2人は揃って空模様に似た表情を返す。これ以上、どうフォローしろというのか。


「てかさ、春先生は何でそんなにヘコんでんの? 走るの得意そうなのに」

「得意かどうか以前に、好きではないです」

「へぇ。でも芙由もだけどさ、背ェ高い人って足速い人多いよね?」


カンナが首を傾げると、先生はタバコの煙を吐きながら力なく微笑んだ。


美術教師なのだから、運動全般が苦手だったとしても不思議ではない。ただ、外見的にはちょっと笑える。


「じゃあ次の準備があるので、僕は先に戻りますね」

「春先生またねー」

「はい、また6限目に。自分達だけサボるのはナシですからね」


去り際の一言を放った時の先生は、しかとこちらを見据えていた。