「あっ、椎名さん。僕の立場でこんなことを言うのはアレですけど、椎名さんは素直な方が可愛いですよ」

「――――ッ!」


突飛で場違いな発言のせいで、反射的に言葉にならない声が出た。


――――この人、嫌いだ!


「失礼しますっ」


先生に背を向けながら挨拶し、一目散に部屋へと戻る。


あの顔、あの声、あの余裕。全部嫌い。


優しく微笑んだ一糸先生の瞳は、男性であること、そして大人であることを物語っていた。優美とも妖艶とも言えるその笑顔を見て、自分はまだまだ子どもなのだと思い知らされた。


だから最後、たかが挨拶ですら先生の顔を見れなかった。


……翻弄されているみたいで悔しい。


…………悔しいけど、その気持ちは変わらないけど、でも、どうしても引っかかっていることがある。


ロビーで向かい合っていたとき、先生は端から私じゃない誰かを探ろうとしていた。私が『自分のです』と押し通しても、その姿勢は最後まで変わらなかったのだ。


なぜ、私を疑っていなかったのか。いくら考えてもわからない。


一体あの人は、私達のどこを見ているのだろうか――。




寝付き最悪な夜が明けて、宿泊研修最終日。さらには、通常授業が始まってから十数日。てっきり停学処分でも下るかと思っていたのに、生徒指導室に呼ばれることもなく、私の高校生活は凪そのものだった。


つまりは、カンナを庇おうとした私は、一糸先生に庇われたってこと。