「ピーラーってありますか? 沢村先生に訊けば分かると思う、って」

「ピーラー……」

「野菜の皮むくヤツです」

「ああ、あれな! 調理道具の予備が車に積んであるから見てみるか」


まだ長いタバコをかなぐり消した沢村先生は、脱ぎっぱなしのジャージやタバコをベンチに置いたまま走り出した。


「どっちか一人ついてこぉーい」

「えっ! あっ、じゃあ私行ってくるよ」

「ありがとう」


裏ボスのお礼に素早く頷き返し、急いで沢村先生の背を追いかける。


まあ、ピーラーがあれば作業がラクになるのは事実だし?

どっちが行くか、なんて相談している余裕はなかったし? 


見晴らしの良さに助けられながら懸命に走り、この状況に納得できるだけの理由を並べていく。普段ならため息一つで流せただろうけど、ゆっくり息を吐けるスピードではない。


――――と、遠いッ。


案の定というべきか、車に着くやいなや、私は脇腹を抑えて項垂れた。見た目は立派なおじさんの沢村先生は、実は体育会系らしい。


「ほい、これな」

「あっ……は、はい」


優に10個以上のピーラーが入った箱を受け取ると、呼吸を整えつつ、今度はのんびりと来た道を引き返す。


「宿泊研修は楽しいか?」

「そうですね。登山は疲れましたけど」

「はははっ!」


豪快ともガサツとも言える笑い声は、ため息を隠すにはピッタリだ。


「……何でこんな事を?って思うだろ? でも大人になってみると、今日の思い出話で盛り上がってたりするんだよ」