物音一つしない通路に響いてきた先生達の声。咄嗟に、というか本能的に、ロビーへと続く曲がり角で身を潜める。


べつに悪い事をしているわけではないが、接触は極力避けたい。

あの担任がこの先で待ち構えているなら尚更だ。


「春先生って熱心ですよね。相変わらず人気だし、子ども達の扱いも上手いし」

「いや、人気なら桜井先生でしょ」

「私はナメられてるだけですよー」

「僕も似たような感じですよ。なかなか難しいです」


桜井先生というのはたしか、4組担任の若い美人先生だったはず。私に言わせれば、ちょっと女度が強めの準ミスタイプ、ってところ。


「あの、良かったら今度一緒に――」


どうやら、ロビーにいるのは一糸先生と桜井先生の2人。おまけに桜井先生の方は、女モード全開みたいだ。


…………アホらしい。


嘲るように息を吐くと、ロビー横にあるお手洗いへと再び歩き出す。邪魔しないように、なんて配慮するだけムダなので、足音も気にしない。


担任が誰と何をしていようと、どうでもいい。

――どうでもいいが、用を済ませて部屋までの道中、ガラス張りの壁面越しに中庭を眺めていて、また足を止めてしまった。


街灯の下でベンチに座る人影――それは、黒のロングTシャツにスウェットパンツ姿の一糸先生だった。問題なのは、先生がひとりだということ。


周囲を警戒した矢先、桜井先生の気配を見つけるよりも先に、一糸先生がこちらを向いた。


…………タイミング最悪。


ベンチから腰を上げた先生が手招きして、ガラスを隔てて距離を縮める。

私が微動だにしないと、今度は左手に持ったタバコを示し、そして通路の先を指差した。