宿泊棟へ戻りながら、立ち話していた生徒達を避けて窓の景色を眺める。

ふと、遊歩道脇に置かれた雨ざらしのベンチが目に入り、思わず足を止めてしまった。


錆びたベンチといえば、私にとっては、背中に真一文字の線が引かれた楓の白いユニフォームだ。慌てて洗ったが乾かす方法まで考えておらず、他校の校内を『ドライヤーありませんかー?』と必死に探し回ったことがある。


改めて思い返しても、自分達のアホさ加減を笑わずにはいられない。ほんとに、本当にかけがえのない時間だったのだと、今なら痛いほどわかる。


――ベンチだけじゃない。木々が風でざわめく姿も、清々しい青空も。私が見ている世界は、全て楓のカケラで出来ているとさえ感じる。



「椎名さん」


控えめな呼び声に振り返ると、待ち構えていたのは一糸先生だった。


「体調悪いって聞いたんですが、大丈夫ですか?」


先生がゆっくりと距離を詰め、近づいた分だけ私の防護壁が高くなる。


「……カンナから、ですか?」

「あ、いえ、昼食を結構残されていたので、榎本さん達に僕が尋ねたんです」


作り笑顔は得意だったはずなのに、こちらを見下ろす顔が真剣そのもので、私までつられてしまった。


僕が、と強調したのは、たぶん意図的だろう。カンナを悪者にしないように。


「午後の体験授業ですけど、うちのクラスは美術からなので1時間休んでもいいですよ?」

「え、でも」

「僕の授業ですからね、どうとでもなります。ただ、救護室に強制連行ですが」


凛とした瞳を見返す。この人の心の奥が微塵も読めない。


「……じゃあ、そうします」