母親との会話は背中越し。泣いたことを悟られないように、冗談にもちゃんと笑って応える。

でも、ドアを閉めてしまえばここは私の城だ。


ジャケットを脱ぎ捨てると、なだれるようにベッドへ寝転ぶ。着替えはあと。冷え切った部屋を温める代わりに、布団をかぶった。


ベッドから腕だけを伸ばして、ショルダーバッグを手繰り寄せる。


何も言わずに帰ってきてしまったせいだろう。ひんやりと冷たくなったスマホには、カンナからの着信が2件も入っていた。


……あとは(カエデ)からのメッセージが1件、か。


質問攻めにされそうだが、意を決してカンナへ電話を折り返す。


「もしもしカン――」

『芙由っ! だいじょーぶ? 体調悪くて帰ったってオジチャンに聞いたよ!』


ああ、そっか。

私が店先でうずくまっていたとき、心配して店主のおじちゃんが様子を見にきた。そして、一部始終を知っていたモッさんが咄嗟に嘘を――。


「うん。2回も電話貰ってたのにごめん、もう平気だから」

『そかそか。んじゃまた明後日ね! スカートの長さ調整しよーね!』

「了解。じゃーね」


終話ボタンを押すと、メッセージアプリに付いた“1”の赤い数字が際立った。


こんなとき、真っ先に思い浮かべるのは送り主の顔だろう。でも目を閉じると、あの野暮ったいモサモサ頭が邪魔をする。それから、低く無愛想な声も。


――――あれ? そういえば。


カツッ、コツッと夜道に響く靴音。焼き鳥屋から漏れる明かりで黒光りしていたあれは、たぶん革靴だった。それから、ロング丈のモッズコートを羽織る前に見た姿――白のロングTシャツ一枚に、スリムタイプっぽいフォルムのスラックス――。


一体、モッさんは何者だったのか。