――そして迎えた入学式当日、新任教師1日目。


仕事を終えてアトリエへ着くと、いつものようにジャケットを脱ぎ捨て、タバコに火を点けながらソファへ腰を下ろす。

呆ける暇もなく今日の光景が頭を過り、鬱積した感情とともに紫煙を限界まで吐き出した。


ギャーギャーと一向に止まない騒音。教壇から見る烏合の衆。その中で目に止まった、赤みがかった長い髪。


意思が強そうな目元に凝視され、思わず視線を外してしまった。

確信はない。あの時は暗がりだったし、生徒一覧の写真は不自然なほどの黒髪だったから気づきもしなかった。


――――椎名芙由。


――――フユ。


もし、公園で喚き散らした女の子と同一人物なら、アイツは“面倒くさい生徒”確定だ。


見てくれに騙される奴や、先生というだけで従順な奴らは扱いやすい。非常勤としてのたかが1年の経験則だが、大半の生徒がこれに該当する。

でも、彼女は違う。


涙ながらに敵意剥き出しで噛み付いてきたあの子は、大人に反感を抱いていた。もし同一人物なら、“扱いやすい”の真逆をいく、“精神的問題児”がうちのクラスにいることになる。


2度目の白く長い嘆息を洩らした瞬間、無音だった空間に着信音が響いた。

スマホ画面に映る【晴士】の文字に、紫煙を吹きかける。ほんと、タイミングのいい奴だ。


「はい」

『やほー。初日はどうだった?』

「なんか面倒な事になりそうな感じ」

『なにそれ!』


ただでさえ陽気な晴士の声が弾む。電話越しでも、目を輝かせながら面白がっている姿を容易に想像できた。