「あの! 家そっちじゃない……です」


あ、止まった。


「突っ立ってないで早く来い」


ようやくこちらを見たかと思いきや、またモッさんが離れていく。……逆だと聞こえなかったのだろうか。


「あの聞こえてました? 家逆です」


早足でモッさんを追いながら再度同じことを伝えるが、反応がない。にもかかわらず、私が真後ろまで来たタイミングで唐突に足を止めるので、勢い余ってぶつかりそうになってしまった。


「……何がいい?」

「はい? 聞こえてました? 私の家は向こ――」

「だから、何がいい?」


指差し付きの訴えさえ意に介さないモッさんは、コートのポケットに両手を突っ込んだまま、側の自販機に向けて顎をしゃくった。


「早くしろ」

「え、じゃ、じゃあ……ホットのカフェオレ?」


強引さに圧されてしまい、自販機の明かりが映し出す光景を呆然と眺める。高身長がもったいない猫背、モサモサ頭。雑な親切も含めて、色々と残念なおじさんだ。

熱いから早く受け取れ、なんて言動を“気遣い”と呼べるかは微妙だけど。


「あのぉ、私のい――」

「うるせぇ。いいから来い」


――――うるさい? 来い、って何様よ?


どう考えても解せない状況だが、何を言っても聞き入れて貰えないようなので、黙ってスモーキーグリーンの背中について行く。次にモッさんがピタリと止まったのは、数十歩進んだ後のこと。


そこは小さなころからよく遊んでいた、私の家から1番近い公園だった。