「やっぱり、とあちゃんかい。無精頭の男と女の子が揉めてるみたいだ、って酒樽持ってきた兄ちゃんが言うから……って、芙由?」


いつも快活なおじちゃんの声が不安を帯び、私の名前を呼ぶ。


「大丈夫だよ」


さりげなく頬の涙を拭いながら立ち上がった私は、精一杯の笑顔を作った。だが、この場を繕うための言い訳が浮かばない。


「あー……なんかコイツ体調悪いらしくて。うずくまってたから声かけたんだよ」


先に口を開いたモッさんは、私の視界を断つように一歩前に出た。


抑揚のない声で。面倒くさそうに背中を丸めて。

――――なんで。


「おっちゃん、コイツの家近いんだよね? ちょっと送ってくるわ」

「担任の先生いるから呼んでこようか?」

「いいよ、他にもたくさん生徒いるんだし。戻ったらビール一杯奢って」


そう言うとモッさんは店の中へ戻り、数分とせず、丈の長いモッズコートを羽織りながら私の側に立った。


「芙由、とあちゃんに送ってもらえ。な? 信頼できる(やつ)だから心配すんな」


この状況に戸惑いはあるが、選択肢は他にない。私が頷くと、おじちゃんは『とあちゃん、頼んだよ』と片手を上げて店へ引き返した。


「おい、行くぞ」


おじちゃんが居なくなった途端、モッさんはすぐさま背を向けて歩き出す。


「あ、あの、一人で帰れるんで。(うち)ここから5分くらいだし、適当に時間潰して貰えれば」

「いいよ別に。ビール一杯分の仕事はする」


一応会話は成り立っているが、モッさんは振り返りもしないし、足も止めない。仕方がないので、少しずつ開いていく距離を埋めるために、ボリュームを上げてもう一度声をかける。