「それじゃ先生、またね」

「ああ……。なぁ、椎名」


歯切れ悪く口籠られると、嫌でも先の話題が読めてしまう。


「椎名、俺はな……お前の判断は正しかったと思うよ」


先生の微笑みは慎ましく、ぎこちなかった。


偽善者とは、こういう人のことをいうのだろう。

別れて正解。楓を追って進路変更しなくて正解。そうはっきりと言えばいいのに。


「うん。私も正しいと思ってるよ」


薄っぺらい共感を笑顔で真似た私は、赤いロングヘアを振るように踵を返した。


店先の重いガラス戸を閉めると、冠水しやすいこの地域では当たり前の、2段だけの石段を降りる。すぐ後ろで再び扉が開く音がしても、それはBGMに過ぎない。


「芙由」


思わず立ち止まってしまった。

この聞き慣れた声は違う。微かに掠れたこの声だけは、BGMとして聞き流せない。


「どうしたの、楓」


振り返りざまに名前を呼ぶと、楓は引き戸を完全に閉めてから石段を降りてきた。


「帰んの? 体調悪いなら送っていこうか?」

「ううん平気。しかも家すぐそこだよ」

「そっか、確かに」


笑いながら返す私の言葉に、楓も同じように笑顔を見せる。

一緒に笑い合っていても積もってゆく寂しさは、それでも、笑って拭うしかない。


「寒いし戻っていいよ! ありがとね。……じゃあ、バスケ頑張って」


バスケの推薦で進路が決まった楓に、おめでとう、とは言えなかった。でも、よかったね、と喜んだのは嘘じゃない。