「芙由……おかわり頼む?」


そう尋ねたカンナの声はさきほどとは打って変わり、静かな囁きだった。


ハッとして、左手に掴んだままのグラスへ視線を落とす。

水滴で濡れた薄いガラス、角を失って縮こまる氷。そこに滲むダークブラウンは、テーブルと同じ色をしていた。


「あっ。……あ、メニューどこかな。ちょっと貰ってくる」


慌てて立ち上がると、脇目も振らずに出入り口へ向かう。


恥ずかしい。冷静に話していたつもりだったのに、全然できていなかった。平気なフリ(●●●●●)を見破られた気がして、とにかく、一刻も早くこの場から逃れたかった。



――大人っぽいよね。


――落ち着いてるね。


それが“椎名芙由”だ。私自身で作り上げてきた、全て。


カンナの良さは、末っ子ならではの爛漫さ。それから、ぱっちりとした二重を引き立てる長いまつげに、その黒々さが映える白い肌。大学生の姉はオシャレや美容の知識を与え、2歳上の兄は人脈を与えた。


カンナは気づいてないと思うが、私は彼女が隣にいても見劣りしないよう、違うタイプの魅力を演じてきた節がある。それを苦と思ったことはないが、見透かされたくはない――。



靴箱から履いてきたブーツを探し出すと、静かな場所を求めて座敷を出る。店内は客の波が一段落したばかりなのか、片付けが追いついていないテーブルがちらほらあった。


焼き場の横を通りかかった時、捻りハチマキを着けた“ザ・焼き鳥屋の店主”と目が合い、流れで挨拶を交わす。


「芙由、ご飯は足りてるか?」

「みんな話に夢中だから食べ物は十分だよ」