「髪、いい感じに馴染んだね」

「うん気に入ってる! で? 萩原の件は?」

「…………」


なんだかムカつく。卒業式を終えたその足で、美容室まで私を強制連行したくせに。緩やかに背中を這う自分の髪を鏡で見ながら、『自由だー!』と満足そうに叫んでいたくせに。


「芙由が教えてくれないなら、萩原に聞くしかないよねー」


わざとらしく声を潜めたカンナが、串盛りの大皿へ手を伸ばす素振りで私の左側を覗く。どうやら、話題を変えよう作戦は通用しないらしい。


「……学校離れるしね。無理かなぁって」

「そんなことで? いつ? 卒業式の時は? 記念日のプレゼントにって買ってた香水は?」

「質問多すぎ」


深く話す気はないので、曖昧な返答と料理に惹かれたフリで凌ぐ。


ふと動いた楓の気配へ目をやると、彼もすぐにこちらに気づき、目尻がキュッと締まった猫目をわかりやすく開いた。

――そんな楓に返す反応は、いつも同じ。


ゆっくりと瞬きしながら、軽く首を振る。


楓の『どうした?』と、私の『なんでもない』。その次は、楓の『そっか』。


例に漏れず、楓は微笑み返してから席を立った。


これは私達の間ではお馴染みの、言葉のない会話。静かな授業中や、賑やかなカラオケ。時にはバスケコートと応援席の距離を埋め、時には、帰り道が二手に分かれる瞬間の寂しさを拭ってくれた。


ただ、ひとつだけ……。


最後の『そっか』はなぜかいつも、眉も目も口角も少しだけ下がって見えて、何か含みを感じる。これは私の考え過ぎだろうか。