――――順調に進めば1日。いや、グラッシまでやると2日か。


「ホイ」


晴士から受け取ったゴムで髪を一つに結うと、早速キャンバスに油絵具を伸ばしていく。


「教師の仕事って、あの美人ママから?」

「叔母さん、な。急に人員が必要になったんだと」

「それは断れないね」

「まぁ、本格的に恩返しだな」


背中越しに晴士との会話を続けながらも、思考と手は休まず動かす。


「……意外と向いてるかもよ、センセイ! いっそ本業にしたら?」

「冗談だろ」

「いや、本気で。あの“一糸春”なら、女の子にキャーキャー言われるっしょ。実際1年やってみてどう? やっぱ告白とかされる?」

「…………帰れ」


最も簡単な言葉で毒突くと、クツクツと悪趣味な息遣いが聞こえた。


晴士はいつも、機嫌を損ねると分かった上で冗談を重ねる。ほんとタチが悪い。


「んじゃ、大人しく帰りましょうかねー」


一頻(ひとしき)り笑った晴士が素直に応じたので、少々驚きながらも一旦筆を止める。


「いいなー。モテモテェ」

「…………」

「いいなぁ、モテモテー」


否、素直なんて表現は晴士とは無縁だ。

玄関までの数メートル。コイツは、何度同じことを口にすれば気が済むのだろうか。


「……お前以上にモテる奴をオレは知らないけど?」

「いや、五分五分でしょ。2S(ツーエス)なんだからさ」


晴士が自嘲ぎみに零した最後のセリフは、思いもよらないものだった。