アトリエの一室に設けている休憩室のドアを開けると、スーツのジャケットを脱ぎ捨て、部屋の中央に置かれたコの字ソファへ寝転ぶ。
「はぁ……めんどくせぇ」
そう呟いたところで、『どうした?』と尋ね返す人間なんてここには居ない。
重い身体を起こし、床にずり落ちてしまったジャケットからタバコを出す。
宛もなく宙を仰いでみても、視界を閉ざしてみても、考えることは同じ。今朝からの記憶を辿りつつ、話の内容を反復してはため息と紫煙を吐く。
「とりあえず、生徒の顔と名前だな」
車に置いてきた資料を取りに行こうと渋々腰を上げた時、玄関のインターホンが鳴った。
「はい」
『ああ、やっぱいたー!』
ご機嫌なのか不服なのか、よくわからない声。生憎とモニター越しでは顔が見切れているので、コイツの心境を図るには材料が足りない。
「なに?」
『電話出ないからココかと思って来てみた! 開けてくださーい』
「開いてるけど」
そこまで話すとインターホンを切り、コーヒーを用意するためにシンクへ向かう。
ものの十数秒で部屋のドアを開け放った彼は、何よりも先にネクタイを緩めた。
「あれ? イットがスーツって珍しいね」
「朝から学校に呼び出されて、いま戻ってきたとこ。晴士、コーヒーでいい?」
「うん! てか、え? 先週の“先生になる”って話、マジだったの?」
「先生っていうか、講師から教師になるって話な」
曖昧さを補正すると、視界の端に映っていた黄金色の頭が小刻みに震える。
「アハハッ! マジでクラス担任になるんだ! ウケる」