「だからこそ想像するんですよ。風が強い日だったら、ちょっと肌寒く感じてるかな?とか、カンカン照りの日なら、熱が内に籠もって暑いかな?とかね。人間同士でも同じじゃないですか?」


私達2人を行き来する先生の瞳には確かに私達が写っていて、何だかそれが異様に落ち着かなくて、突っぱねるように立ち上がって背を向けた。


「ムズいね。やっぱ聞かなきゃ正解なんてわかんないし、春先生の話は聞いててもムズい!」


遠目にグラウンドを眺めつつ、背後のカンナの声へ耳を傾ける。


確かにカンナの言う通りだ。話の内容は元より、他人の感情なんて推して量ったところで正解かはわからない。自分の感情すら、コントロールが難しい。


……あの卒業パーティーが良い例だ。


「1番単純で1番難しいのが人間ですよね」


私の気持ちを代弁するような先生の言葉に、ピクリと心臓が反応する。


振り返ったほんの一瞬、先生と目が合った気がした。だが先生にそんな素振りは微塵もなく、タバコと携帯灰皿を持って立ち上がった。


「春先生! 今度、先生が描いた絵見せてよ」

「選択美術の授業でなら、機会があるかもしれませんね」


そう微笑んでから、先生が身を翻す。


「あ、これいただきますね!」


再び向き直った先生は、クロワッサンを1つだけ持って出て行った。

髪を撫でる程度の風が吹き続けているせいか、もうタバコの匂いはしない。



――脳内辞書のあ行、『一糸春』とは。


程よいフランクさと、相手に緊張感を与えてしまうほどのルックスの持ち主。スマートな対応も魅力的で、少なくとも、女子からの人気を集めるには申し分ない先生。