「ねぇねぇ芙由、先生ってもう生徒の名前覚えてんだよ! スゴくない?」

「このクラスだけですけどね」


温度差のある2人の笑顔に作り笑いを返し、ダンボールから【オリエンテーション宿泊研修】と書かれた冊子を適当に取る。


覚えていて当たり前、とは思わない。でも凄くもない。だって教師なんだから、名前を覚えるのも仕事のうちでしょ?


「榎本さんはこっちをお願いできますか?」

「ガッテンしょうち!」

「合点承知?」

「由美ちゃ――えっと、芙由のお母さんのマネだよ!」


重なった2つの笑い声をきっかけに、作業を進めながらもカンナは途切れることなく話題を振り、先生もその一つ一つに丁寧に返事をする。


仲よき事は美しき(かな)、ってやつだ。見ている分にはいい。私に害はない。


「そういえば、2人は同じ中学でしたよね」

「うん! でも、もっと昔から一緒だよ」

「幼少期から仲良かったんですか?」

「喧嘩もしたことないし、しんゆーっ!」


カンナがあまりにも嬉しそうに言うので、ダンボールから残りの冊子を取り出そうとしていた手が、思わず止まってしまった。


……親友。そう、親友。それは間違いない。でも私は心のどこかで、カンナと自分を比べて見てる。カンナはそんな事も知らずに、親友という役割を惜しげもなく与えてくれる。


「それは良いですね。僕にも同じような友人がいますが、いくつになっても、居てくれて良かったと思うときが多々ありますよ」


距離を縮めるためだけの白々しい同調なんて聞き流せばいい。でも、右から左へ流れていく間に、先生の穏やかな低音ボイスが感情を逆撫でする。


「……気になってたのですが、椎名さんはいつも口数が少ないタイプですか?」

「え――っあ!」