「先生、プリント大量にあんの?」

「そうですね、両手が塞がる程度には。一旦鍵を開けに来たくらいなので」

「じゃあウチらも手伝おーか? ね、芙由」


――――はい?


まってまって、その笑顔はなに? うちら? ね、芙由?


教室へ入るやいなや、カンナはバッグを机へ放り出し、再びこちらを見た。


「芙由どーする?」

「……待ってる」

「だってさ! 先生いこっ!」


ひらひらと手を振って2人を見送ると、自分の席へ腰を下ろしながら、ふぅーっと大げさにため息を吐く。


肩に掛からない程度の、柔らかいウェーブがかかった黒髪。長身が映えるタイトなカジュアルスーツ。カンナいわく、『ガチのイケメンだよ! 切り捨てた女は数知れずだよ!』らしいけど、私にはそういう意味での興味はない。



――入学式の日、先生(あの人)は姿勢よく教壇に立つと、切れ長な目で私達を見据えてから自己紹介を始めた。


『2年間担任をします、漢数字の一に糸と書いて“いと”といいます』


全クラスメイトが注目するなか、黒板に綴られていく達筆な文字。一糸春。


『いち、いと、はると書いて、“いと あずま”です。簡単な漢字ばかりですが、読み的にはちょっと面倒な名前だったりします。何と呼んで貰っても構いませんが、正式名称だけは覚えておいて下さい』


初日に得た情報はこの名前と、担当が選択芸術の美術だということ。それから、去年は講師として勤務していたらしく、クラス担任は初めて。しかも、急遽穴埋めとして抜擢された代打、らしい。


『クラスを持つのは大学での実習以来です。正直凄く緊張していますが、僕も精一杯やりますので、何か不備があれば遠慮なく言って下さい。2年間、よろしくお願いします』