――翌朝。
 昨晩から引き続き不機嫌なゆりさんの向かいの席で朝食をとっていると、萌歌がリビング扉の向こうからやってきた。
 しかし、昨晩元の世界へ戻ると宣言していたはずの私の顔を見た途端、ハッと目の色が変わる。

「ねぇ、なんであんたがここにいるの?」
「……」
「まっ、まさか…………。っ!! ちょっと私の部屋に来なさいよ。二人で話したいことがあるから」
「えっ、でもいまご飯中……」
「いいから!!」

 威圧的な態度の彼女に腕を掴まれると、引きずられるように部屋へ連れて行かれる。
 バタンと扉が閉ざされた途端、彼女は上目遣いのまま言った。

「どうして元の世界に帰らなかったの? 昨日帰るって言ってたじゃない」

 昨晩帰宅した際、彼女は既に就寝していた。
 だから、私がこの世界に残ってることに驚いてる様子。

「よくわかったね。昨日までの私だってことが。向こうとは並行世界だから、もう一人の皐月が戻ってきたかもしれなかったのに」
「目を見ればわかるの。あんただってね。それより、話をはぐらかさないでくれる?」
「体調はどう? 昨日より血色良くなったみたいで良かった」
「そんな話はどうでもいい! 昨日は1年に一度しかないチャンスだったんじゃないの? どうして帰らなかったのよ!」

 強い口調で責められ続けるが、私は自分のしたことに後悔してない。

「……萌歌と一緒に帰りたかったから」
「は?」
「私、この世界でやり遂げなきゃいけないことが見つかったの。それは2日3日では達成することが出来ない。だから、残ることに決めた」

 この世界に思い残しをしてはいけないと気づいてから、心が一つに決まった。
 凛とした表情を向けてそう言うと……。

「は? バカじゃないの」

 彼女は呆れた顔でリビングに向かう。
 私への対応は相変わらず。
 でも、彼女の元気な様子を見て少しホッとしている自分もいる。

 萌歌は微熱が続いていたので学校は休むことに。
 ふと思い返してみたら、昨日の朝の時点で調子が悪いって言ってたっけ。
 あの時は自分のことでいっぱいいっぱいだったせいで、彼女への気配りが足りなかったのではないかとも思った。


 学校に到着してから教室に向かっていると、佐神先生が廊下に現れて道を立ち塞ぐように私の前で足を止めた。
 私は後ろめたい気持ちのまま目線を下ろす。

「佐神先生、ごめんなさい……。私たち、元の世界へ帰れませんでした……」

 そう告げると、先生は荒げた声を降り注がせる。

「どうして帰らなかったんだ! 僕はてっきり昨日帰ったかと思ってたよ。ちゃんと帰れたかどうかも心配してたのに……」
「タイミングが合わなかったんです。運も、時間も、タイミングも……」
「1年に一度しかチャンスがなかったのに、忘れたのか」
「忘れてません。私も絶対に帰ろうと思ってました」
「じゃあ、なぜ!」
「それは……」
「それは?」

 先生の心配を浴びつつも、本当のことがなかなか言えなくて口を固く結んでいると……。

「俺が遅刻したから」

 そう言いながら後ろから現れた桐島くんは私の隣へつく。
 私は彼の配慮に気づいて彼の目を見つめて叫んだ。

「桐島くん、それはっ!!」

 このままでは彼が悪者になってしまうと思って本当のことを吐き出そうとすると、彼は目配せをする。
 ここは俺に任せろと言わんばかりに。
 気持ちは一旦食い止められるが……。

「桐島、お前……。なんてことしてくれたんだ。石井教授のお陰でようやく帰る方法が見つかって、あとは時間に合わせて帰るだけだったのに……。お前の不注意で堀内を巻き添えにしてしまってるんだぞ?」
「桐島くっ……」

 罪悪感に駆られている私がそう言ってる最中、彼の手はスッと私の前へ。
 まるで言葉を閉ざすかのように。

「すみませんでした。もちろん、俺もこのままにするつもりはない。また別の方法を探していくんで今回は見逃して下さい」
「桐島っ!!」
「失礼します」

 彼は耳に蓋をするように教室に入って行き、佐神先生は拳を握りしめたまま廊下の奥へ足を進めていった。
 桐島くんが私をかばってくれた理由は、佐神先生が心配で怒ることを想定してたからかもしれない。
 私も教室に戻ろうと思って前扉方向に目を向けると、心葉とばっちり目が合った。

「心葉?」

 声をかけた瞬間、彼女は一瞬目を泳がせてから急ぎ足で廊下へ出ていく。
 背後を追って「心葉。ねぇ、心葉!」と呼ぶが、彼女は人混みの中に消えていった。
 まるで私たちの会話を一部始終聞いていたような様子に気が止まる。


 ――そして、放課後。
 桐島くんに昨日のことをちゃんと謝ろうと思って、帰り際に彼の席へ向かい「話がある」と声をかけた。
 教室を出てから校舎から校門へ繋がる途中の階段へ行き、揃って腰を下ろした。
 一晩経ったこともあってお互い気持ちは落ち着いている。

「今朝はありがとう。まさか桐島くんがかばってくれるなんて思わなかったよ」
「佐神、すげぇ心配してたな。俺の責任にすれば仕方ねぇ奴だなって片付けられると思ったから」
「そんなの気にしなくても良かったのに……。それと、昨日はごめんね。ちゃんと謝らなきゃいけないって思ってたの」
「いーよ。俺も先に帰らなくて正解だったと思ってるし」
「桐島くん……」
「今回はチャンスに恵まれなかっただけ。二度と帰れない訳じゃないからそんなに落ち込まなくてもいいんじゃない?」
「でも、帰れなくなったのは私のせいだから……」

 昨日のことは心の中のしこりになっている。
 私が自分の問題をちゃんと解決していれば、桐島くんにも迷惑をかけずに済んだのだから。
 シュンと俯いていると、彼はスクッと立ち上がった。

「まぁ〜、終わったことをぐずぐず言っててもしかたねぇな。じゃっ、いまから元の世界に戻って叶えられなかったことを片っ端からやっていこうか」
「えっ……、いまから?」
「青春……するんだろ? 原宿行って、韓国コスメや洋服買って、スイーツ食って」
「それ、覚えててくれたんだ……」
「相手は純奈や三井じゃなくて、この俺になるけど。まぁ、ぶっちゃけ元の世界より最高だろ?」
「ぷっっ……、なによそれ〜っ! ちょっとぉ、自信過剰なんじゃないのぉ?」

 クスクスと笑っていると、彼は私の手をすくい上げた。
 しかも、怪我していない方を目で確認してから……。

「いつまでもシケた面してんじゃねーよ。ほら、行くぞ」
「うんっっ!!」

 指先から伝わる温もりは彼の人柄そのもの。
 温かくて、心強くて、優しくて……。
 これまで困難だらけの日々だったけど、乗り越えられたのは桐島くんがいつも力になってくれたから。
 パラレルワールドに一緒に来た人が桐島くんで良かったよ。

 
 ――それから私たちは原宿へ。
 買い物したり、美味しいスイーツを食べたり、ゲーセンで遊んだり。
 店を出た後は、近くのアイスクリーム屋さんへ。
 アイスをそれぞれ注文してから再び街を歩き始める。

「ねぇ、そのアイスひと口ちょうだい」
「えっ! だって、私が口をつけたアイスだよ。同じのを食べたら間接キスになっちゃ……」
 パクっ……。
「あっ」
「バーカ。俺のこと意識し過ぎ」

 と、私が持ってるアイスに口をつける彼。
 無邪気に笑う笑顔は私の頬を赤く染めていく。

「きっ、桐島くんって……、この世界に来るまではもっと話しにくい人だと思ってたけど、全然違うんだね」
「……どうして?」
「銀髪をツンツンとセットしてる上に強面だし、喧嘩ばかりしてるって噂されていたし、一匹狼だし、近寄りがたいオーラも醸し出してたし」

 パラレルワールドへ来る前までは桐島くんの噂を聞いて怖い人だと思っていたけど、実際は違う。
 噂を真に受けて彼のいいところを見ていなかっただけ。

「もしそんな噂が流れてたら、マジで最高」
「えっ?! 嫌じゃないの? 自分の噂だよ?」
「逆にカッコよくね? 個性的だと証明されてるみたいで。10人のうちの1人じゃなくて、最初から1人のうちの1人として見てもらえてるみたいでさ。これから先も自分は自分らしくしていきたいし」

 その言葉が的を射抜くように胸の中へ。
 でも、同時に浮かび上がったのは、なぜか萌歌の顔。
 周りのものに目もくれないほどダンスに夢中で自分なりのポリシーを貫いている。
 それなのに、表面的しか見ていなかった過去の私は……。

「うん、カッコイイ。ちゃんと自分なりのポリシーを持ってて。私なんてポリシーと言えるものを一つも持ってないから素直に羨ましいと言えなかったよ」

 ――ずっと萌歌が羨ましかった。
 顔は人一倍可愛いし、ダンスをしてる時は最高にカッコイイ。
 口や態度が悪いから今まで嫌な人として位置づけていたけど、本当はそうじゃない。
 羨まし過ぎるあまり、妬むことによって気持ちを自制していた。
 
 すると、桐島くんは再び私のアイスをパクっと食べてから……。

「ぶあぁぁあかっ!! 冗談で言ったのに、なに激褒めしてんだよ」

 顔が真っ赤のまま照れくさそうにそう言う。
 どうして赤面してるんだろうと思いつつ言動を振り返ってみると、頭の中が萌歌のことで染まっていたせいもあって、無意識に吐いた言葉がそのままストレートに彼に届けてしまったことに気づく。

「えええっ?!?! あああっ……、あのっ!! それはつまり、そのっ……」
「アイス」
「えっ?!」
「溶けちゃうよ。さっさと食わないと」
「あっ!! そうだったね! あはっ、あははは……」
「またいただきっ! パクっ」
「あっ、もうぅっ!! まだひと口しか食べてないのにぃ〜っっ!」

 桐島くんと一緒にお腹いっぱい笑ったお陰で昨日の辛い出来事が霞んでいった。
 こんなにたくさん笑ったのはいつぶりか思い出せないほど。
 そんな中、目の前に少しおしゃれな雑貨屋を見つけた途端に足が止まった。

「あ! ねぇねぇ、そこに雑貨屋さんがあるからちょっと寄ってもいい?」
「何の用?」
「えへへっ、女子には欠かせないものだよ」

 私たちはそのまま店内へ足を向けて、そのあるものを探した。
 しかし、何件お店を周っても、イメージしているものがなかなか見つからない。