戻ってきてテーブルに置いたフローラが「こっちが『ピスタチオとチョコレート』で、こっちが『マロングラッセ』よ。半分こでいい?」と訊くと、もちろん、というふうにウェスタが頷いて、至福の時間が始まった。

「う~ん、濃厚。でも甘すぎないから最高」

 ピスタチオを口に運んだフローラが思わず声を上げると、「こっちも濃厚だけど滑らか。とっても美味しい」とマロングラッセを口に運んだウェスタに笑みがこぼれた。
 そして、ピスタチオとチョコレートを味わったあとそれをエスプレッソの上に乗せて「これがまたいいのよね」と冷たく甘いジェラートと温かくビターなエスプレッソのコラボレーションを存分に堪能したウェスタがフローラに促した。

 当然それはわかっていたのでマロングラッセを浮かべて口に運ぶと、余りのおいしさに「あ~、生きてて良かった」とため息のような声を漏らしてしまった。
 それが大げさな表現だったせいかウェスタに笑われてしまったので、名誉挽回のために『メディチ』で仕入れた情報を披露することにした。

「実はジェラートはメディチ家と深い関係があったのです」

「えっ、そうなの?」

「そうなんです。コジモ1世がある人に命じてできたのがジェラートだったのです」

 それは1500年代中頃のことだった。
 スペインの外交使節団を宮殿に迎えるにあたって晩餐会を特別なものにすべく、豪華な料理のあとに出すデザートを今までにないようなものにできないかと考えたコジモ1世は、博学な上に美食家で名が通っていたブオンタレンティという人物にそれを託すことにした。
 すると彼は熟考の末に〈甘くてクリーミーな氷ミックス〉を考案し、それがジェラートの始まりになったのだ。

「へ~、そうなんだ。コジモ1世が命じなかったらジェラートは生まれなかったかもしれないのね」

「そうなの。でも、それだけじゃないのよ。ジェラートをフランスに広めたのもメディチ家なの」

「もしかして」

「そう、カテリーナよ。アンリ2世と結婚した時、ブオンタレンティと助手たちをフランスへ連れて行ったの。フランスの王宮でジェラートを再現するためにね」

「ふ~ん、そんなことがあったんだ」

「で、ね、その時のレシピが残っていて保管されているんだけど、今どこにあると思う」

「えっ? どこって……、そうね~、もしかしてフランスの王宮?」

「ブー。残念でした。ルーブル美術館よ」

「ルーブル?」

「そうなの。金庫の中で厳重に保管されているんだって」

 その時、フローラの自慢気な声に反応するようにエスプレッソの上に乗ったジェラートがわずかに揺れた。
 蘊蓄はそれくらいにして早く食べないと溶けてなくなっちゃうわよ、とでも言っているような気がしたので、慌ててカップを手に取ってスプーンで口に運ぶと、「思い出してくれてありがとう」という声が聞こえたような気がした。
 それは、ルーブルの金庫で眠っているレシピの囁きかもしれなかった。