イングランドの貴族であるサンドウィッチ伯爵はケント州サンドウィッチのモンタギュー家が1660年に授爵(じゅしゃく)したのが始まりで、その4代目がジョン・モンタギューだった。
 彼は大のトランプ好きで片時もゲームを中断したくなかったことから、片手で持って食べられる食事を考えていたところ、サンドウィッチを発明したのだという。

「よっぽどのギャンブル好きだったのね」

「食べる時間を惜しむくらいにね」

「でもだからこそ、このサンドウィッチがあるのよね」

「そういうこと」

「必要は発明の母って言うけど本当ね」

 ひとしきりサンドウィッチ伯爵を肴にしたあと、フローラがもう一つのサンドウィッチに手を伸ばした。
『サイコロステーキとチェダーチーズのサンド』だった。

「チェダーとクレソンとステーキの組み合わせって初めてだわ」

 手に持ってしげしげと見つめていると、「ガブっといってみて」と促されたので、「お言葉に甘えて」とかぶりついた。
 すると肉汁がジュワ~っと出てきて、そのあとからソースの旨味が覆いかぶさってきた。

「凄~い。おいしすぎる。でも、この味つけは何?」

 するとウェスタは、「赤ワインベースにガーリックパウダーと醤油を混ぜたものよ」と少し自慢げな口調になった。

「醤油?」

「そう。ちょっとオリエンタルな感じになっているでしょ」

「うん、絶妙」

「でしょ。正真正銘の日本製の醤油だから味が締まるのよね」

「本当。あ~、日本に行きたくなったな」

 フローラは1万キロ近く離れた日本に思いを馳せるように遠くに視線を投げた。

「あんなことがなかったら行けてたのにね」

「そうなの。地震と津波に加えて原発事故まで起きるなんて信じられない。それもわたしが行こうとしていた矢先に」

 フローラがゆらゆらと首を振ると、「ニュースで見た原発事故の映像はショックだったわ。ガス爆発によって原子炉を覆う建屋の天井と壁が吹き飛ぶなんて信じられないわよね。その上、燃料棒が露出するなんてあり得ないと思ったわ。廃炉には40年以上かかるそうだし」と心情を察するようにウェスタの表情が曇った。

「一生行けないのかな?」

「さあ、どうかしらね」

 2人は歯形がついたサンドウィッチに視線を落として同時にため息をついたが、それを払拭するかのように「んん」とくぐもった声を出してウェスタが話題を変えた。

「早く食べて、デザートにしましょう」

「そうね」

 暗くなっているだろう表情を一掃してサンドウィッチの残りを一気に食べたフローラが「食べるのに丁度いい温度になっていると思うから取ってくるわね」と務めて明るい声を出すと、「私はエスプレッソを用意するわ」とウェスタが追随した。