翌朝、弦はベーカリーの厨房でアントニオの手伝いをしていた。
 睡眠不足だったが、指示に従っててきぱきと動き続けた。
 それは何かを忘れるためであり、何かを吹っ切るためでもあった。

 一段落して小休憩をしている時、弦がアントニオに声をかけた。

「あのう~」

「何?」

「え~っと~」

「なんだよ」

「その~」

「え?」

「頑張ります」

 アントニオはキョトンとしたような目で弦を見た。
 それが理解不能というような感じだったので「なんでもないです」と笑って立ち上がり、うん、と頷いてエプロンをピシッと伸ばした。

「変な奴だな」

 アントニオは首を傾げながら立ち上がって弦の肩に手を置いたが、視線は強力粉や砂糖、塩、ドライイースト、水、卵が入ったボウルに向いていた。

「さあ、次はメロンパンの試作だ。よろしく頼むよ」