「最後は盛り上がって凄かったね」

 ノンアルコールビールを片手に弦が称賛の言葉を送ると、「まあね。でも誰もが知っている曲ばかりだから受けて当然なんだけどね」とアンドレアが柄にもなく謙遜した。

 カルテットで演奏した曲は『DOUBLE VISION』というグラミー賞受賞アルバムからのもので、当時のジャズ・チャートで1年余りもナンバーワンを独走したのだとアンドレアが説明すると、キーボード奏者のボブ・ジェームスとサックス奏者のデイヴィッド・サンボーンの共演アルバムというだけでなく、ベースがマーカス・ミラーで、ドラムがスティーヴ・ガッド、ギターがエリック・ゲイルという途轍もないメンバーが揃った凄いアルバムなんだとピアニストが補足した。

「ところで、ユズルはギターを弾けるんだよね。今度一緒に演ってみないか?」

 演奏を一度も聞いたことがないのに勝手なことを口にしたので、「いや、ちょっと……」と及び腰になった。
 それでも「遠慮するなよ」となおもアンドレアが食い下がったので、「そうじゃなくて」とこの話を打ち切ろうとした。
 一流のプロを目指している彼らと一緒に演るなんてあり得なかった。
 しかしアンドレアはその話を手放そうとしなかった。
「せっかく誘っているのに」とムキになった。
 しかしピアニストが間に入って取りなそうとしたので渋々諦めたのか、「別にいいけど」と視線を外してノンアルビールを一気に流し込んだ。
          
 アンドレアたちと別れて部屋に戻った弦はギターをボーっと見つめていた。
 いつもなら寝る前に必ず1曲は弾くのだが、ギターを手にする気がまったくしなかった。
 アンドレアたちの演奏に完全に圧倒されていた。
 だからため息しか出なかった。
 その後もギターを手にすることなく、ただボーっと見つめ続けた。