すべての工程が終わってあんが出来上がると、アントニオがスプーンですくって口に入れた。
 その途端、満足そうな表情になり、別のスプーンですくったあんをルチオに渡すと、彼の表情も一気に緩んだ。
 OKが出たようだ。
 たまらなくなって弦もスプーンですくって口に入れたが、思いの外おいしかったので、アントニオに向かって大きく頷いて太鼓判を押した。

 あとは成型して焼き上げるだけになった。
 これはベテランのパン職人であるアントニオが完璧にやり遂げ、焼きたてのものを試食した3人に笑みが浮かんだ。
 それは日本のものと変わらないあんパンが出来上がった瞬間だった。
 しかしそれで終わりではなかった。

「これからも手伝ってくれないかな」

「えっ、何をですか?」

 あんパン作りに長時間付き合った弦はへとへとになっていて、これ以上何かをするのは無理だった。
 しかし、彼の依頼は今日のことではなく、これからのことだった。

「日本のパンをレパートリーに加えたいからユズルに手伝って欲しいんだ」

 今日のように日本語で書かれたレシピを教えて欲しいのだという。

「でも……」

 パンの作り方を教えてくださいとは言ったものの、バイト探しを優先しなければならない弦は簡単にイエスとは言えなかった。

「ダメかな?」

 アントニオが覗き込むように弦に顔を近づけた。

「そうですね~」

 考えるような振りをしてアントニオから視線を外すと、ルチオと目が合った。

「手伝ってもらえると私も嬉しんだけどね」

 ルチオの包み込むような笑みが弦を覆った。

「そうですね~」

 ルチオから視線を外すと、アントニオと目が合った。

「バイト料を弾むから」

「バイト?」

 思わず素っ頓狂な声が出た。
 単なる手伝いではないことに気づいて驚いたからだ。
 しかしそれを悟られてはならずとすぐに表情を引き締めた。
 そして「少し考えさせてください」と心内を隠すように努めて冷静な声を出したが、「いい返事を待ってるよ」とアントニオとルチオが期待のこもった声を同時に返してきた。