「日本人って面白いものを考えるね」

 アントニオが感心しきりの顔で空になった紙袋を見つめると、「うちでもやってみたら?」とアンドレアが気楽な声を出した。

「そうだな~、でも、今売っているパンとは全然違うしね」

 ちょっと難しいかな、というように両手を広げたが、「ユズルに手伝ってもらったらいいじゃない」と突拍子もないことをアンドレアが口にした。

「そんなの無理だよ」

 一度もパンを作ったことがないと首を横に振った。
 それでも「日本人は器用なんだから大丈夫だよ」と何故かその話題を手放さなかったので、〈いいかげんにしろよ〉と言いそうになったが、ぐっと堪えてアンドレアから視線を外した。

「まあまあ」

 ルチオが笑いながら仲裁するように肩に手を置いたので無理矢理表情を戻したが、その直後に意外な言葉が飛び出した。

「パンを作るのは面白いよ。教えてあげるから一度やってみないか?」

「えっ、ルチオさんまで……」

 助けを求めて視線をアントニオに向けたが、彼は笑いながら頷いただけだった。
 それはルチオの提案に賛成というような感じに見えた。
 隣の奥さんも同じように頷いていたので、弦はパン作り包囲網の中に完全に囚われてしまった。

「べつに、まあ、いいですけど……」

 弦の声が尻すぼみになって床に落ちると、急に可哀そうに思ったのか、それまでニヤニヤしていたアンドレアが助け舟を出すように話題を変えた。

「音楽でも聴く?」