いつの間にかビジネス街に足を踏み入れていた。
 誰もが知る金融の中心地『ウォール・ストリート』だった。
 目の前で巨大な雄牛像が弦を睨みつけていた。
『チャージング・ブル』だ。
 高さが3.4メートル、長さが4.9メートルもある。
 ブルは金融用語で上昇相場を意味する縁起のいい言葉で、多くの人が撫でたせいか像全体が艶々としている。
 弦も金運が上昇するようにと頭と角を撫で、「割のいいバイトが見つかりますように」と願いを込めた。

 ブルと別れてから当てもなく歩き続けたが、のんびりと歩いているのは自分の他に誰もおらず、皆急ぎ足でどこかへ向かっていた。
 暇な人は一人もいないようだ。
 忙しいのが当たり前なのだろう。
 それを見ていると、〈タイム・イズ・マネー〉という言葉が頭に浮かんできた。
 彼らは〈生き馬の目を抜く〉毎日を送っており、それを勝ち抜いた者だけが〈高嶺の花〉という特別なポジションを勝ち取ることができる世界にいるのだ。
 そういう目で見てみると、彼らが身に着けているコートもビジネスバッグも靴もみな高そうに見えてきた。
 それに、停まっている車は涎が出そうな高級車ばかりだ。
 中には写真でしか見たことのないスポーツカーもある。
 しかし、それに関心を示す人は誰もいない。
 数千万円の車なんてどうってことないのだろう。
「せいぜい頑張ってください」と呟きながらその場をあとにした。