ジム・ホールを生涯の師にしようと決めた弦だったが、それは1年と持たず呆気なく崩れ去った。
 未知の刺激を求め続けるハートに火を点けるアルバムに出会ってしまったからだ。
 それはLarry(ラリー) Carlton(カールトン)というギタリストの同名アルバムで、『夜の彷徨(さまよい)』という邦題がつけられていた。

 1曲目を聴いた瞬間、ぶちのめされてしまった。
 その衝撃は半端なかった。
 完全にノックアウトされたのだ。
『Room335』の虜になり、彼が弾くギブソンのES-335というギターが欲しくなった。
 しかし、楽器店で値札を見て愕然(がくぜん)とした。
 30万円という数字が弦を睨みつけていた。
 まるで〈お呼びでない!〉とでも言うように。
 すごすごと帰るしかなかった。
 貯金を全部下ろしても28,000円しかないのだ。
 これではどうしようもなかった。
 
 持って行き場のない思いで一晩過ごした弦だったが、〈どうにもならないことはどうしようもない〉と気持ちを切り替えて、フルアコでラリーの曲をコピーすることにした。
 しかし、簡単ではなかった。
 尋常ではない速弾きをものにできるほどのテクニックはまだ身に着いていなかった。
 左手の指はなんとかそれらしく動くのだが、右手のピックがまったくついていけないのだ。
 友人から「彼のコピーは無理だよ」と笑われるほど酷かったが、でも弦の根性はそれにめげるほど(やわ)ではなかった。
 血豆ができるほど練習して遂にものにした時、「お前は半端じゃねえな」と呆れ顔で言った友人の言葉が弦には勲章のように聞こえた。
 そうなのだ、成功とは半端じゃない努力をする者だけに贈られる勲章なのだ。

「為せば成る!」

 友人の肩に手を置いた弦は、自らに言い聞かせるようにもう一度同じ言葉を呟いた。