最初はとても苦労した。
 ピックを持つのが初めてだったからだ。指と爪で弾くクラシックギターに対してジャズギターにピックは必須だったので、右手の親指と人差し指でつまんで練習を繰り返した。
 しかし、正確に(げん)(はじ)くのは思いのほか難しかった。
 それに(げん)自体が違っていた。
 クラシックギターがナイロン弦なのに対してジャズギターはスチール弦なのだ。
 この違いに慣れるのにも時間がかかった。
 更に、持ち方も違っていた。
 クラシックギターは抱きかかえるようにして持つのだが、ジャズギターはストラップで吊るした状態で演奏することが多いのだ。
 これにも戸惑った。
 両手の指の位置がまったく違うので慣れるのに苦労した。
 それでもクラシックに戻ろうという考えは頭に浮かばなかった。
 正確さが要求されるクラシックに対してジャズには自由があるからだ。
 友人が教えてくれたImprovisation(即興演奏)という言葉に強く共感する自分に驚いたほどだ。
 決められた通りに弾くのではなく、フィーリングで演奏できる開放感は何物にも代えがたかった。
 幼い頃からただひたすら正確さを追求してきた弦にとって鳥籠から解き放たれたような喜びは無上のものだった。
 もちろん最初から即興演奏などできるはずはない。
 基本をみっちり修得しなければ挑戦することすらできない。
 しかし、その先にあるImprovisationという甘美な世界への通過点だと思えば、弦にとってなんの苦労でもなかった。