「これは何かしら?」

 フローラが見慣れないブルスケッタを手に取ると、すぐにオーナーの説明が始まった。
 マヨネーズベースのソースに魚が入っていて、『しめ鯖』だという。口に入れると和の風味が広がった。

「う~ん、美味しい」

 一味違うブルスケッタに舌鼓を打つと、「私はこれを食べてみるわ」とウェスタが次のブルスケッタに手を伸ばした。
 チャンジャ(タラの内臓の塩辛)の上にクリームチーズが乗って更にその上に黄色のツブツブが振りかけられており、『からすみ』をすりおろしたものだという。

「最高!」

 満面に笑みを浮かべたウェスタがオーナーに向けて指を立てた。

 フローラも見慣れぬブルスケッタに手を伸ばした。
それはパン生地ではなくリンゴで、その上にマヨネーズで和えたサラダが乗っていた。
「可愛すぎる」と言いながら口に入れると、酸味と甘みのコラボレーションが味蕾を刺激して、口の中が至福で満たされた。
 
 ウェスタが最後のブルスケッタに手を伸ばした。
 クリームチーズの上にイチゴが乗って、その上にメープルシロップがかかっていた。
 もうこれはスイーツと言っても過言ではないだろうと思いながら見つめていると、ウェスタの頬が緩んで「パーフェクト!」と声が出た。
 すると、オーナーがボウ&スクレイプ(貴族風のお辞儀)で応えた。
 それが余りにも決まっていたので、ウェスタに続いてフローラも音を立てずに拍手をする振りをした。

「前菜なのにフルコースを食べたような感じだわ」

「本当ね。それに、イタリア人シェフだったら絶対に発想しないレシピよね」

「確かに。でもだからここが好きなのよ」

 2人の賛辞合戦がしばらく続いたが、チーズを食べ終わった頃、フランチャコルタのボトルが空いた。
 するとそれを見計らったように赤ワインのボトルが運ばれてきた。
 トスカーナ地方を代表するワイン、フレスコバルディだった。
 700年間、30世代に渡って受け継がれてきたワイナリーが生み出す特別なワイン。
 それも当たり年と言われている2007年のものだった。
 鮮やかな手つきでオーナーがコルクを抜いてグラスに注いだ。

「奮発したわね」

「たまにはね」

 ちょっとくらい贅沢してもいいんじゃない、というような表情を浮かべてスワリングしたあと口に運ぶと、「おいしい……」とだけ言ってウェスタが笑みを浮かべた。
 そうなのだ、美味しいものに注釈はいらないのだ。
 同じくスワリングをして口に含んだフローラは黙ってワインを味わったが、それでも「フランチャコルタとフレスコバルディはトスカーナの宝だわ」という賛辞を忘れることはなかった。