ニューヨーク

 そこには大きなビルが建っているはずだった。
 それも二つ。
 一つは417メートルで、もう一つは415メートル。
 しかし、今は更地になって昔の面影はない。

 (だん)(ゆずる)はぽっかりと空いたニューヨークの空を見上げて、見えるはずのない摩天楼に思いを馳せた。
 すると、衝撃的なあの日の出来事が蘇ってきた。

 その時、弦は小学2年生だった。
 そろそろ寝なさいと母親に言われたので歯磨きを済ませて大きなあくびをしながら居間に戻ると、両親がテレビに釘づけになっていた。
 画面には信じられない光景が映し出されており、飛行機がビルに突っ込んで火を噴いていた。
 アナウンサーがテロだと叫んだが、もう一機が横のビルに突っ込むと、絶叫に変わった。
 二つのビルは火を噴き、それが崩れ落ちた時、母親は「ああ~」と大きな声を出して両手で顔を覆った。
 それを見て弦は思わず母親にしがみついた。
 怖くて怖くて体が震えた。
 それでも目を離せないでいたが、もう一つのビルが崩れ落ちて父親が「ああ~」と大きな声を出したので、もう見ることができなくなった。
「地獄だ」という父親の声を聞いたあとは母親の胸に顔を埋めて泣き続けた。

 そのあとのことはほとんど記憶に残っていない。
 翌朝目を覚ました時、母親が隣にいて安心したことくらいしか覚えていない。