お昼の時間帯とあって大通りに面したベーカリーはどこも込み合っていたが、その中でもひときわ長く行列ができている店があった。
 かなりの人気店のようだったので誘われるように足はその店に向かい、列の最後尾に並んだ。

 看板を見上げると、『Forno(フォルノ) de() Medici(メディチ)』という文字が目に入った。
 Fornoの意味がわからなかったのでスマホで調べると、〈オーブン〉と表示が出た。
 しかしそれだけではなかった。
(かまど)〉という意味もあった。

 メディチさんの竈か……、

 呟くと同時に本で読んだパンの歴史が蘇ってきて、古代エジプトのパン職人の姿が浮かんだが、その時いい匂いが鼻に届いた。
 焼きたてのパンの匂いだった。
 たまらなくなって唾を飲み込んだ。

 順番がきて店の中に入ると、客でごった返していた。
 弦はその混雑から逃れるために店の隅に移動して店員がてきぱきと応対するのを眺めていたが、その中にあの美しい人にどこか似ている女性を見つけた。
 そっくりではなかったが目元や口元がよく似ていたので目が離せないでいると、その人が大きな声で名前を呼んだ。

「フローラ」

 その瞬間、心臓が止まりそうになった。
 それはあの美しい人の名前と同じだったからだ。
 すぐさま店内を見回して必死になって探すと、いた。
 その人がいた。
 あの笑顔があった。
 間違いなく、あのフローラだった。