「面白いイラストだね」

 すると父親はグラスを置いて指差し、「左を向いているのがロバート・モンダヴィ、右を向いているのがフィリップ・ド・ロートシルト男爵。この偉大なワインを造り上げた立役者だ」と蘊蓄を傾けた。

「どこのワイン?」

「アメリカだ。カリフォルニアのナパヴァレー」

「へ~、フランスじゃないんだ」

「ああ。でもまあ、ボルドーの資本と技術が入っているから米仏合作と言った方がいいかもしれないけどな」

 アルコールが回ってきたのか、険のない口調になっていた。

「これはなんて読むの?」

「オーパス・ワン」

「どういう意味?」

「オーパスは音楽用語で『作曲者の偉大な作品』という意味だ。ワンは文字通り『イチ』を意味している。つまり、作品番号1番という意味が込められている」

 そこでもう一口飲むと、蘊蓄が止まらなくなった。

「これはロートシルト男爵が名づけたものだ。彼は言った。『一本のワインは交響曲、一杯のグラスはメロディのようなものだ』と。言い得て妙とはこのことだ」

 そしてまたグラスを口に運んで噛むようにして味わうと、「絶妙なバランスだ。カベルネ・ソーヴィニヨンをメインとしながら、カベルネ・フランとメルローとマルベックとプティ・ヴェルドをブレンドすることによって、複雑でありながら華やかな風味を醸し出している。クリーミーで滑らかで、しかもジューシーで、正に口の中で交響曲が奏でられているみたいだ。これを神業と言わずしてなんと言えよう」と没我の境地に入っていった。
 しかしそれに付き合うつもりはなかった。

「これって高いの?」

 退屈な蘊蓄を終わらせるために俗な質問をぶつけると、父親の表情が変わってきつく睨まれた。
 そんなことは訊くもんじゃないというように。
 それでも思い直したかのように口を開いたが、その声は(さげす)みに満ちたものだった。

「そうだな、パン屋じゃ飲めないことは確かだ」

 また嫌みが戻ってきたので顔をしかめると、それが気に食わなかったのか、話を戻されてしまった。

「とにかく、将来の社長に相応しいバイトを早く探しなさい」

 弦は頷くことなくラベルに印刷されたOpus ONeのロゴを見続けた。
 いや、自らの立場を暗示しているブランド名から目が離せなかった。

 作品番号1番か……、

 父親が敷いたレールの上を走らされている弦の呟きが、半分以上残っているステーキの塊に落ちて消えた。