「本気でパンに向き合ってみないか?」

「えっ?」

「センスがあるから向いていると思うんだけどね」

「私もそう思うよ。物覚えが早いし、器用だし、リズム感もいいし、美的センスもあるし」

 タコ焼きを食べ終えたアントニオがルチオに続いてすかさず畳みかけてきた。

 弦はどう反応していいかわからず口をすぼめるしかなかったが、「2人ともそれくらいにしたら。ユズルはハーバードへ行って、卒業したらお父さんの会社に入って、将来は社長になるんだから誘惑したって無駄よ」と奥さんが話を切ってくれた。
 それでルチオとアントニオは母親に叱られた子供のように首をすくめて情けない顔になったが、それでも「アンドレアは継ぐ気がないから、ユズルが継いでくれたらな~と思ってさ」と諦め切れない様子のアントニオはルチオと顔を見合わせてため息をついた。

 それでその話は終わりになった。
 ホッとした弦は再びひらひらと桜の花が舞い降りるポトマック川の水面に視線を向けたが、耳の奥にはルチオとアントニオの声が残り続けていた。

 本気なんだろうか……、

 水面(みなも)に浮かぶ花びらを見つめながら弦は、自らの行く末に思いを馳せた。