「ユズル」
視線を向けると、厳しい表情になっていた。
「サクラを楽しむ前に伝えておきたいことがある。この辺りには多くの戦没者が眠っているんだ」
アメリカ軍兵士が殉職した3つの戦争の慰霊碑があるのだという。
「第二次世界大戦の記念碑、朝鮮戦争の戦没者慰霊碑、ベトナム戦争の戦没者慰霊碑だ」
第二次世界大戦では40万人が、朝鮮戦争では4万人近くが、ベトナム戦争では6万人近くが亡くなったという。
「3つの戦争で50万人が死んでいった。惨いことだ」
そして、志半ばで亡くなった本人の無念と残された家族の悲しみは永遠に晴れることはないと嘆いた。
「このことを忘れてはいけない。現在の平和を勝ち取るために多くの犠牲が払われたことを忘れてはいけないんだ」
ルチオが頭を下げて十字を切ると、「私の息子も……」とアントニオが顔を曇らせた。
テロに巻き込まれて短い人生しか生きられなかった消防士の息子に思いを寄せているようだった。
その時、「うぅっ」と奥さんが右手で口を塞いだ。
立っていられないような様子だった。
それを心配したのだろう、アントニオがそっと近寄って労わるように奥さんの肩を抱いた。
弦は彼らを見ていられなくなった。
それだけでなく、悲しみしか残さない戦争とテロに激しい憤りを感じた。
人類誕生以来続いている惨い殺戮が今も続いていることに耐えられない気持ちになった。
こんなことは早く終わらせなければならない。
そう思うと、体が自然に西の方角を向いた。
二度と戦争が起こりませんように。
強く願った弦は両手を合わせて目を瞑り深く頭を下げた。
しかしその瞬間、両肩が重くなったように感じて心が沈んだ。
霊が乗っかっているのだろうか?
とすれば、真珠湾攻撃を仕掛けた日本人の血をひく者として自分は責められているのだろうか?
それとも、ここを立ち去れと命令されているのだろうか?
弦は心の内のざわつきに不安を超えたものを覚えた。
自分と同じ日本人による愚かな意思決定によって日本人だけで300万人の命が失われただけでなく、日本軍が殺した外国人の数はそれを上回っているのだ。
赤ちゃんからお年寄りに至るまで信じられない数の人生が奪われたことに改めて気づくと、やりきれない思いと共に懺悔の念が込み上げてきた。
しかし謝って済むことではないし、許しを得ることも償うこともできない。
もちろんなかったことにもできないし、歴史を巻き戻すこともできない。
事実に真正面から向き合うしかないのだ。
重たいからといって目を逸らすことはできないのだ。
でも今できることは何もなかった。
「ごめんなさい」と謝ることしかできなかった。
それで許してもらえるはずはなかったが、謝り続けるしかなかった。
頭を下げ続けるしかなかった。
しかし、それに終止符を打つように「ありがとう」という声が聞こえた。
それは救いの手を差し伸べるような声だったので顔を上げて目を開けると、さっきまでとは違った穏やかな表情のルチオがいた。
「ユズルが祈ってくれたから安らかに眠ってくれると思うよ」
ルチオが静かに頷いて微笑みを浮かべた。
すると、一気に肩が軽くなったような気がした。
もしかしたら霊が開放してくれたのかもしれなかった。
そう思うと、「こちらこそありがとうございました」という言葉が自然と口をつき、ルチオに対する感謝の念が沸き起こってきた。
学校で習う歴史はただの知識でしかなかったが、ここには紛れもない現実があるのだ。
今も世界で続いている戦争の痛みが厳然として存在していることを教えてくれたルチオには感謝しかなかった。
弦はもう一度戦没者に対して両手を合わせて頭を下げた。
視線を向けると、厳しい表情になっていた。
「サクラを楽しむ前に伝えておきたいことがある。この辺りには多くの戦没者が眠っているんだ」
アメリカ軍兵士が殉職した3つの戦争の慰霊碑があるのだという。
「第二次世界大戦の記念碑、朝鮮戦争の戦没者慰霊碑、ベトナム戦争の戦没者慰霊碑だ」
第二次世界大戦では40万人が、朝鮮戦争では4万人近くが、ベトナム戦争では6万人近くが亡くなったという。
「3つの戦争で50万人が死んでいった。惨いことだ」
そして、志半ばで亡くなった本人の無念と残された家族の悲しみは永遠に晴れることはないと嘆いた。
「このことを忘れてはいけない。現在の平和を勝ち取るために多くの犠牲が払われたことを忘れてはいけないんだ」
ルチオが頭を下げて十字を切ると、「私の息子も……」とアントニオが顔を曇らせた。
テロに巻き込まれて短い人生しか生きられなかった消防士の息子に思いを寄せているようだった。
その時、「うぅっ」と奥さんが右手で口を塞いだ。
立っていられないような様子だった。
それを心配したのだろう、アントニオがそっと近寄って労わるように奥さんの肩を抱いた。
弦は彼らを見ていられなくなった。
それだけでなく、悲しみしか残さない戦争とテロに激しい憤りを感じた。
人類誕生以来続いている惨い殺戮が今も続いていることに耐えられない気持ちになった。
こんなことは早く終わらせなければならない。
そう思うと、体が自然に西の方角を向いた。
二度と戦争が起こりませんように。
強く願った弦は両手を合わせて目を瞑り深く頭を下げた。
しかしその瞬間、両肩が重くなったように感じて心が沈んだ。
霊が乗っかっているのだろうか?
とすれば、真珠湾攻撃を仕掛けた日本人の血をひく者として自分は責められているのだろうか?
それとも、ここを立ち去れと命令されているのだろうか?
弦は心の内のざわつきに不安を超えたものを覚えた。
自分と同じ日本人による愚かな意思決定によって日本人だけで300万人の命が失われただけでなく、日本軍が殺した外国人の数はそれを上回っているのだ。
赤ちゃんからお年寄りに至るまで信じられない数の人生が奪われたことに改めて気づくと、やりきれない思いと共に懺悔の念が込み上げてきた。
しかし謝って済むことではないし、許しを得ることも償うこともできない。
もちろんなかったことにもできないし、歴史を巻き戻すこともできない。
事実に真正面から向き合うしかないのだ。
重たいからといって目を逸らすことはできないのだ。
でも今できることは何もなかった。
「ごめんなさい」と謝ることしかできなかった。
それで許してもらえるはずはなかったが、謝り続けるしかなかった。
頭を下げ続けるしかなかった。
しかし、それに終止符を打つように「ありがとう」という声が聞こえた。
それは救いの手を差し伸べるような声だったので顔を上げて目を開けると、さっきまでとは違った穏やかな表情のルチオがいた。
「ユズルが祈ってくれたから安らかに眠ってくれると思うよ」
ルチオが静かに頷いて微笑みを浮かべた。
すると、一気に肩が軽くなったような気がした。
もしかしたら霊が開放してくれたのかもしれなかった。
そう思うと、「こちらこそありがとうございました」という言葉が自然と口をつき、ルチオに対する感謝の念が沸き起こってきた。
学校で習う歴史はただの知識でしかなかったが、ここには紛れもない現実があるのだ。
今も世界で続いている戦争の痛みが厳然として存在していることを教えてくれたルチオには感謝しかなかった。
弦はもう一度戦没者に対して両手を合わせて頭を下げた。