「あれ? ノルード、こんな所にいたの?」
「ルルメリーナ様?」

 イルヴァドの執務室にて話をしていたノルードの元に、ルルメリーナがやって来た。
 彼女は、特にノックすることもなく部屋に入って来ている。それは中々に、無礼な行いだ。
 そのくらいの礼儀は、ルルメリーナも弁えているはずである。そう思ってノルードは、少し首を傾げることになった。

「あ、イルヴァド様、失礼しますね? すみません、いきなり入ってきてしまって」
「いえ、別に僕は構いませんよ?」
「お父様にも、よく怒られるんですよね。部屋に入る時は、ノックくらいしなさいって」

 ルルメリーナの言葉に、ノルードはその行動をある程度理解することになった。
 彼女の中では、イルヴァドは既に家族の枠組みなのだろう。だから、遠慮がかなりなくなってしまっているのだ。
 もちろん、それは良いことという訳ではない。しかしながら、イルヴァドが笑顔で許している以上、使用人である自分が口を出すべきではないとノルードは判断した。

「まあ、親しき仲にも礼儀あり、という言葉があるくらいですからね」
「以後気をつけますぅ。あ、でも流石の私も私室に訪ねる時はノックくらいしますよ?」
「こういった執務を行う部屋は別ということですか?」
「うーん……だって、こういう部屋には皆集まるじゃないですかぁ」
「……なるほど、言われてみればそうかもしれませんね」

 イルヴァドは、ルルメリーナの言葉に驚いたような顔をしていた。
 ラスタリア伯爵家の執務室には、ラスタリア伯爵夫妻やラヴェルグやリフェリナが足を運んでいた。ルルメリーナの中では、行けば家族がいる部屋なのだ。
 その認識に、イルヴァドは少し寂しそうな笑みを浮かべていた。それは彼にとっては、ここがそういった場所ではないからなのだろう。

「えっと……ルルメリーナ嬢は、ノルードさんに用があったんですか?」
「あ、そうなんです。ノルード、少し相談があって」
「相談ですか?」

 ノルードは、少し面食らうことになった。
 ルルメリーナから相談したいことがあるなんて言われるなどと、彼は思っていなかったのだ。
 ウェディバー伯爵家に潜入していた最中ならともかくとして、普段の彼女はそういったことを言ったりはしない。故にノルードは、驚いてしまったのだ。

「一体、何の相談なのでしょうか?」
「将来のこと」
「え?」
「将来……」

 ルルメリーナの意外な言葉に、ノルードは思わずイルヴァドと顔を見合わせていた。
 それは今までの彼女から考えて、まずしそうにない質問である。ただ、その顔はいつになく真剣だ。その表情に、ノルードは息を呑むのだった。