「アデルバ、あなたは一体どういうつもりなの!」
「母上、落ち着いてください……」
「落ち着ける訳がないでしょう! あなたは自分が何をしたのかわかっているのですか!」
「うぐっ……」

 母親にぶたれて、アデルバはバランスを崩した。
 そんな息子に対して、カルメアは冷たい目線を向ける。彼女の目には、激しい怒りが宿っている。その原因は、もちろんアデルバの行為だ。

「ルルメリーナに、土地に関する権利書を渡すなんて、それがどれだけの愚行であるか、あなたは本当にわかっているの!」
「そ、それはもちろん、わかっています」
「わかっていながらそんなことをしたというなら、あなたは飛んだ愚か者ね!」
「母上……」

 カルメアの言葉に、アデルバは怯んでいた。
 彼は、母と自分に関する秘密を知っている。それを使って、母親を押さえつけることもあった。
 だが、今はそれすら口にすることができないでいた。自分自身の失態の方が、ともすれば母親の秘密よりも、大きなことだったからだ。

「それを私に隠していたことも、忌むべきことよ! どうしてもっと早く事態を知らせることができなかったのかしら? それをするだけの脳も、あなたにはないというの!」
「ち、違います。僕はただ……」
「さらにそのことでラスタリア伯爵家に忍び込むなんて……成功していれば、それでも良かったものの、あなたは失敗した!どこまでも役に立たない愚物がっ!」
「あ、うっ……」

 母親からの厳しい叱責に、アデルバは怯えていた。
 彼にとって、カルメアからそのような敵意を向けられるのは初めてのことだったのである。

 ウェディバー伯爵家をともに牛耳るという目的の中、二人は協力してきた。
 そこに今まで、障害というものはあまりなかった。対立が生まれたのも、今回のラスタリア伯爵家との一連の出来事が初めてなのである。

「母上、どうかお許しください。僕はただ、ルルメリーナのことを信頼して……」
「人を見る目がなかったというのが、あなたの一番の愚かさのようね。あんな無能を嫁に迎えようとするなんて……」
「そ、それはそもそも、母上が発端ではありませんか!」
「ふん! あなたもあの女に随分と熱を持っていたじゃない!」

 二人の対立は、熱くなり始めていた。
 アデルバの方も勢いをなんとか取り戻し、カルメアに言い返すようになったのだ。
 そのことによって、アデルバの頭の中からはあることが抜けていた。イルヴァドがラスタリア伯爵家に協力している。彼はそのことを母親に伝えることを失念していたのだ。