「何故、お前がこんな所にいる? しかも、泥棒のような真似までして……」
「ごほっ……」
ラヴェルグは、目の前にいるアデルバに話しかけた。
しかし特に答えは返って来ない。顔面を蹴られた衝撃で、言葉を発することができなくなっているようだ。
ただ、アデルバの目に闘志が宿っていることにラヴェルグは気付いた。大人しく投降するつもりなどはないらしい。
「このっ!」
「む……」
飛びかかってくるアデルバを、ラヴェルグは横に動いて躱した。
するとアデルバは、そのまま壁に激突する。鈍い音が辺りに響き、彼はその場にうずくまることになった。
「あがっ、くそっ……」
「なるほどな、衛兵を何故気絶させられたかわかったぞ? お前なら確かに衛兵も油断することだろう。まさか伯爵家の令息が賊だなんて思わないだろうからな。なまじ顔を知っていたが故に、隙をつかれたか」
ラヴェルグは大して実力がない侵入者が、どのようにして衛兵を気絶させたのか疑問に思っていた。
しかし、相手がアデルバであったならそれは納得できることだった。彼ならば、相手を油断させることができるのだ。
何度かラスタリア伯爵家に足を運んできたことがあるアデルバの顔を、衛兵は知っていた。相手が伯爵家の令息だと、理解していたのである。
他家とはいえ、当然のことながら衛兵は、伯爵家の令息に手を出すことなんてできない。
それに衛兵は、両家の対立についてそこまで詳しいことを知っている訳でもない。様々な事情が重なった結果、アデルバの侵入を許してしまったのだ。
「何をしに来たのかも、段々とわかってきたぞ。お前は例の権利書や契約書を取り戻しに来たのか?」
「……だとしたら、なんだというんだ?」
「残念だが、ここにそんなものはないぞ。あれは父上が預かっているからな」
「な、何?」
ラヴェルグの言葉に、アデルバは目を丸めて驚いていた。
自分がまったく持って検討違いの場所を調べていたことは、彼にとってかなり衝撃的なことであったようだ。
ただそれは、少し考えれば理解できることではある。そもそもの話、貴重な切り札をこのような私室に隠しておく訳がないのだ。
「くそっ!」
「逃がすと思うか?」
「あがっ……!」
その場から咄嗟に逃げようとするアデルバの首根っこを、ラヴェルグは強引に掴んだ。
そしてそのまま、アデルバを地面に押さえつける。当然のことながら、逃がすつもりなどはなかった。ラヴェルグは素早く布を取り出し、アデルバを拘束するのだった。
「アデルバ様……?」
「……リフェリナか」
柱にくくりつけられているのは、どう見てもウェディバー伯爵家の長男アデルバ様だった。
彼は、忌々しそうな顔をしながら私を見つめている。そういえば彼と会うのは、ウェディバー伯爵家の屋敷を追い出されて以来だ。思えば、随分と久し振りである。
改めて見てみると、人相が少し悪くなっているような気がする。このラスタリア伯爵家の屋敷に侵入するという賊のような行為が、その人相まで変えてしまったのだろうか。
「リフェリナ、あまり近づくな。拘束しているとはいえ、何か仕出かすかもしれないからな」
「ええ、わかっています、お兄様」
目の前にいるアデルバ様は、お兄様がたった一人で拘束した。
それはどうやら、独断専行であったらしい。先程お兄様は、お母様に叱られていた。
とはいえ、本人はあまり気にしていないようだ。そういった所に関して、お兄様は少々やんちゃなのである。
「兄上、まさか泥棒までに落ちぶれるとは……」
「……イルヴァド? どうしてお前がここにいるんだ? お前は長い旅行に出ていたはずではないのか?」
部屋に入って来たイルヴァド様に、アデルバ様は固まっていた。
そういえば彼がここにいることを、ウェディバー伯爵家の人々は知らなかったのだ。
アデルバ様は、私とイルヴァド様の顔を交互に見ていた。そして彼は、ゆっくりと項垂れる。どういうことなのかは、大体理解できたのだろう。
「まさか、お前はこの僕を引きずり下ろすためにっ……ラスタリア伯爵家側についたのか?」
「まあ、そういうことになりますね」
「ふざけるな! お前はウェディバー伯爵家をなんだと思っているんだ!」
「それはこちらの台詞ですよ、兄上。兄上と母上は、ウェディバー伯爵家のことを馬鹿にしている。そもそも兄上が伯爵家を継いだことから間違っている」
イルヴァド様は、彼にしては珍しい刺々しい態度だった。
当然といえば当然なのだが、兄弟の仲は良くないようだ。二人の間には、火花が散っている。拘束されていなければ、アデルバ様は今にでもとびかかっていきそうなくらいだ。
「この僕が失墜すれば、それこそウェディバー伯爵家の終わりなのだぞ? お前はわかっているのか?」
「その程度でウェディバー伯爵家は沈みませんよ。まあ、兄上がした愚かなことはウェディバー伯爵家を揺るがすことでしたがね……」
「それは……」
イルヴァド様の言葉に、アデルバ様は言葉を詰まらせた。
彼もそのことについては、よくわかっていたのだろう。そしてそれが恐らく、今回彼がこのラスタリア伯爵家に侵入した理由でもある。
「失礼しまーす」
「あら……」
アデルバ様が言葉を詰まらせていると、部屋の中に高い声が響いた。
その直後、部屋の中にルルメリーナが入って来る。するとアデルバ様の表情が、明らかに変わった。
「ルルメリーナ!」
「あれ? アデルバ様、どうしたんですかぁ? そんな顔をして」
激昂するアデルバに対して、ルルメリーナはとても呑気な言葉を返していた。
それは私にとって、少し意外な反応である。ルルメリーナは基本的に相手の怒りには怯えるタイプだ。煽るようなことは言っても、その態度は萎縮している。
しかし今は、思いっきり煽っているような気がする。それはつまり、彼女がアデルバ様に対して、強い怒りを感じているということなのかもしれない。
「お前……僕をずっと騙していたんだな! 僕のことを愛しているんじゃなかったのか!」
「えっとぉ、私、多分そんなことは一回も言ってないと思うんですけどぉ」
「な、なんだと?」
ルルメリーナの言葉に、アデルバ様はゆっくりと目を見開いた。もしかしたら、今までのことを思い返しているのかもしれない。
恐らく、妹は彼に対して本当に愛しているなどとは言っていないだろう。
あれでもルルメリーナは、それなりにロマンチストだ。例え嘘であっても、愛を口にしたりはしないだろう。
「大体、私がアデルバ様のことを好きになる訳、ないじゃないですかぁ」
「な、何故だ?」
「だって、アデルバ様はお姉様のことを侮辱したじゃないですか。家族を侮辱するような人を好きになるはずがありませんよねぇ?」
「な、なんだって?」
アデルバ様は、私とルルメリーナの顔を交互に見ていた。
彼は私達姉妹の仲というものを知らなかったのだろうか。もしかしたら、勝手に険悪などと思っていたのかもしれない。
実際の所、私とルルメリーナの仲は良好だ。私もルルメリーナへの侮辱には不快になる。それが不当ならものなら猶更だ。
「ルルメリーナ嬢、兄上はきっと自分が弟と仲が悪いから、相手もそうだなど思ったのでしょう」
「えー、そうなんですかぁ? それはなんだか、可哀想ですねぇ」
「可哀想だと……?」
「でもごめんなさいね、私、アデルバ様と結婚とか絶対に無理です。それだけは勘違いしないでくださいね……不愉快ですから」
「あ、なっ……」
ルルメリーナは、とても冷たい視線をアデルバ様に向けていた。
そんなのは初めて見る。どうやら彼女は今回の件で、かなり怒っていたようだ。もしかしたら家族の仲でも、一番怒ってくれていたのかもしれない。
そんな彼女の視線を受けて、アデルバ様はゆっくりと項垂れた。一時とはいえ好きだった相手に否定されることは、流石に堪えたようだ。もっとも、同情の余地なんてものはないのだが。
アデルバ様のことは、警察に突き出すということになった。
衛兵への暴行、住居への侵入、彼はラスタリア伯爵家に忍び込んだことによって、様々な罪を犯した。捕まえるだけの理由は充分ある。
ただ恐らく、彼はすぐに保釈されることになるだろう。カルメア様が、保釈金を積むはずだからだ。
ラスタリア伯爵家は、それを見逃すという判断を下した。
それはお母様の判断だ。それを妨害するよりも、あの二人を糾弾する準備を進める方が良いと、思ったようである。
実際の所、二人の件については各所に連絡が渡り始めている。向こうが保釈によってごちゃごちゃとしている内に、こちらの準備は完了しそうだ。
そうなった場合、アデルバ様とカルメア様は完全に油断した所で打撃を受けることになる。元々防げないことではあるのだが、二人が邪魔をする暇さえもないだろう。
「あーもう。最悪ですぅ」
「まあ、そうですよね……すみませんね、ルルメリーナ嬢。僕の兄上のせいで、こんなことになってしまって」
「別にイルヴァド様が悪い訳ではないですから、謝らなくても結構ですよぉ。これは全部、アデルバ様のせいですから」
アデルバ様のことを警察に引き渡した後も、現場の調査というものは行われていた。
その間、ルルメリーナの自室は使えなかったのである。それが終わった訳ではあるが、部屋の状態は事件の時のままだ。部屋はかなり荒らされている。
「……壁に染みがついていますねぇ。これって、アデルバ様の血でしょうか?」
「ああ、そういえば怪我していたわね」
「こっちの壁は凹んでいますね。一体、何があったのでしょうか?」
「……まあ、アデルバ様が暴れまわったのでしょう」
「もーう、アデルバ様は本当にどうしようもない人ですねぇ」
ルルメリーナの部屋には、傷や染みなどが残されていた。
多分それらは、お兄様が暴れたことによってできたものではある。
そうした原因が、そもそもアデルバ様にあるのだが、お兄様ももう少し加減できなかったものなのだろうか。ただ賊の前で愛する妹の部屋の状態を気にするのは、無理な話なのかもしれない。
「まあ、しばらくは私の部屋にいればいいわ。元々広すぎる部屋である訳だし、特に困ることもない訳だし……」
「そうですねぇ。しばらくはお世話になりますぅ」
現在、ルルメリーナは私の部屋にいる。
別にそれで不便は感じていない。しばらくは、それでも問題はないだろう。
ただ、できれば早く部屋が元に戻って欲しい所だ。プライベートな時間は、私にもルルメリーナにも必要だろうし。
「アデルバ、あなたは一体どういうつもりなの!」
「母上、落ち着いてください……」
「落ち着ける訳がないでしょう! あなたは自分が何をしたのかわかっているのですか!」
「うぐっ……」
母親にぶたれて、アデルバはバランスを崩した。
そんな息子に対して、カルメアは冷たい目線を向ける。彼女の目には、激しい怒りが宿っている。その原因は、もちろんアデルバの行為だ。
「ルルメリーナに、土地に関する権利書を渡すなんて、それがどれだけの愚行であるか、あなたは本当にわかっているの!」
「そ、それはもちろん、わかっています」
「わかっていながらそんなことをしたというなら、あなたは飛んだ愚か者ね!」
「母上……」
カルメアの言葉に、アデルバは怯んでいた。
彼は、母と自分に関する秘密を知っている。それを使って、母親を押さえつけることもあった。
だが、今はそれすら口にすることができないでいた。自分自身の失態の方が、ともすれば母親の秘密よりも、大きなことだったからだ。
「それを私に隠していたことも、忌むべきことよ! どうしてもっと早く事態を知らせることができなかったのかしら? それをするだけの脳も、あなたにはないというの!」
「ち、違います。僕はただ……」
「さらにそのことでラスタリア伯爵家に忍び込むなんて……成功していれば、それでも良かったものの、あなたは失敗した!どこまでも役に立たない愚物がっ!」
「あ、うっ……」
母親からの厳しい叱責に、アデルバは怯えていた。
彼にとって、カルメアからそのような敵意を向けられるのは初めてのことだったのである。
ウェディバー伯爵家をともに牛耳るという目的の中、二人は協力してきた。
そこに今まで、障害というものはあまりなかった。対立が生まれたのも、今回のラスタリア伯爵家との一連の出来事が初めてなのである。
「母上、どうかお許しください。僕はただ、ルルメリーナのことを信頼して……」
「人を見る目がなかったというのが、あなたの一番の愚かさのようね。あんな無能を嫁に迎えようとするなんて……」
「そ、それはそもそも、母上が発端ではありませんか!」
「ふん! あなたもあの女に随分と熱を持っていたじゃない!」
二人の対立は、熱くなり始めていた。
アデルバの方も勢いをなんとか取り戻し、カルメアに言い返すようになったのだ。
そのことによって、アデルバの頭の中からはあることが抜けていた。イルヴァドがラスタリア伯爵家に協力している。彼はそのことを母親に伝えることを失念していたのだ。
お父様の手引きにより、ウェディバー伯爵家のスキャンダルは様々な人達へと知れ渡ることになった。
そのスキャンダルは、当然のことながらとても大きなことである。現当主にウェディバー伯爵家の血が流れていないこと、それはすぐに問題として取り上げられることになった。
「いよいよ始まりましたね……」
「ええ、イルヴァド様、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。覚悟はしていましたから」
現在、社交界では様々な憶測が飛び交っている。
アデルバ様やカルメア様への批判に関しては、私も特に気にしてはいない。あの二人には、色々と煮え湯を飲まされた。その行為に対する報いを受けるのは、当然のことであると思う。
一方で、イルヴァド様への風評については、心が痛くなった。
それが仕方ないことだということは、私もわかっている。しかしそれなりに長い間ともに過ごした彼が、心無い言葉を受けるということは、やはり辛いことなのだ。
ただ、当の本人であるイルヴァド様は、涼しい顔をしていた。
本当に、覚悟を決めていたということなのだろう。彼は風評には、負けなさそうだ。その表情を見ていると、そう思える。
「それに、僕にはこの血筋という最大の武器がありますからね。父上を知る者なら、僕の顔を見て、血の繋がりがないなんて思いはしないでしょう。実際に鑑定書もあります。もちろん、様々な風評は被ることになりますが、僕は揺るぎません」
「それはそうでしょうけれど、やはり色々と不安なのではありませんか?」
「いいえ、不安なんてありませんよ。リフェリナ嬢やラスタリア伯爵家の方々が、協力してくださってしますしね」
「イルヴァド様……」
「あなた方と手を取り合えたことは、僕にとって素晴らしい幸運でした」
イルヴァド様は、私に笑顔を向けてきた。
彼の言葉は、もちろん嬉しい。ただそれは私が受けるべき言葉であるかどうかは、微妙な所だ。
私は別に、何か特別なことをした訳ではない。両親やお兄様、それにルルメリーナと違って、今回の件では何もしていなかった。そのためか、少し気が引けてしまう。
今からでも、私にできることがあるのかもしれない。イルヴァド様の言葉を聞いて、私はそのように思った。
今回の件は、ルルメリーナが主となって動いていた。追い返されたこともあって、私はアデルバ様やカルメア様に関われなかったし、やることが特になかったのである。
ただ、今は少し状況も変わった訳だし、私にもできることはあるだろう。
両親やお兄様からの指示を待っている場合ではない。早速、お父様辺りに聞きに行ってみるとしよう。
私は、お父様の執務室に来ていた。
そこには、お母様やお兄様がいる。私が訪ねた時、偶然居合わせたのだ。
せっかくなので、私は三人に何かしたいと言ってみることにした。今回の件で自分がほとんど何もできていないことも含めて、打ち明けたのである。
「もちろん、リフェリナがそうしたいというなら、何かしてもらうのもいいかもしれないね。ただ、一つだけ言っておかなければならないことがある」
「はい、なんですか?」
お父様は、私の目を真っ直ぐに見つめてきた。
その力強い視線に、私は少し怯んでしまう。何か大切なことを言われる。それはなんとなく理解することができた。
「今回の件で、君が何もしていないというけれど、それは当然のことだよ」
「当然のこと、ですか?」
「今回の戦いが、どうして始まったのか、リフェリナは覚えているかな?」
「えっと……」
お父様の言葉に、私は少し考える。
ウェディバー伯爵家との戦い、それは一体何が始まりだったのだろうか。
それは明白だ。私との婚約、それが発端である。
「私が婚約によってウェディバー伯爵家に行って、そこで侮辱されて帰って来たからですよね?」
「ああ、つまりこの戦いは、リフェリナの敵討ちともいえるものだったという訳だ」
「敵討ち、ですか……?」
「それは僕達が勝手にやったことでしかない。下らないプライドとでもいうのだろうか。僕達は君のことを侮辱したウェディバー伯爵家を許せなかった」
お兄様とお母様は、お父様の言葉にゆっくりと頷いた。
私の敵討ち、それは今までそこまで意識していなかったことだ。単純に、ラスタリア伯爵家への侮辱に対して、貴族として報復しているものだとばかり思っていたからである。
「つまり僕達は、娘のために、あるいは妹のために、またあるいは姉のために、戦おうとしていたんだ。君に何かして欲しいなんて、思ったことはないよ。むしろ君のことは、巻き込みたくなかったくらいだ」
「……」
「リフェリナ、君は優しい子だ。そして同時に、ラスタリア伯爵家の令嬢としての誇りを持っている。僕は父親として、君のことを誇りに思っている。だからこそ、君を侮辱した二人が許せなかったんだ。それが例え、親友の妻と息子だったとしても、ね」
ゆっくりと言葉を紡いだお父様に、私は息を呑むことになった。
両親やお兄様、ルルメリーナがそんな風に思っていてくれたことは、私にとって嬉しいことだったからだ。
私は家族に恵まれている。それを改めて自覚した私は、思わず笑みを浮かべるのだった。
お父様から頼まれたのは、王城に赴くことだった。国王様から呼び出されたイルヴァド様に、同行して欲しいと言われたのである。
国の頂点に立つ人からの呼び出し、それは当然大事だ。流石のイルヴァド様も、それには緊張しているようだった。それを支えるのが、私の役目といった所だろうか。
「いやはや、よくぞ来てくれた。イルヴァド、君のことは聞いている。いや正確にいえば、ウェディバー伯爵家のことだといえるか」
国王様は、思っていたよりも軽薄な口調でイルヴァド様に言葉をかけていた。
それはきっと、色々と辛い立場にあるイルヴァド様を気遣ってのことだろう。国王様は、寛大な人だと聞いている。
「まあ、まずは顔をあげてくれ。今はその顔をよく見ておきたい所だ」
「……はい」
「……なるほど、父親によく似ている。君がオルデンの息子であるということは、間違いないことのようだな」
国王様は、イルヴァド様の顔をじっくりと見ていた。
オルデン様の面影は、確かにイルヴァド様にはあるといえる。そっくりという程ではないが、確かな血が読み取れるだろう。
とはいえ、そういった言葉をかけられていい気はしないはずだ。イルヴァド様は、大丈夫だろうか。
「気を悪くしないでもらいたい。これでも、色々と確信を得ておかなければならないのだ。君の立場は、わかっていると思うが複雑だ。ウェディバー伯爵家を存続させるためには、君が確かにオルデンの血を引いているというお墨付きを与えておきたい」
「もちろんわかっています。国王様のお心遣いには、感謝します」
「感謝などは必要ないことだ。正直に言ってしまえば、ウェディバー伯爵家に倒れてもらっては困る。没落などは私にとっても面倒なことなのだよ」
国王様は、苦笑いを浮かべていた。
国を管理する者として、伯爵家の没落は当然嬉しいことではないのだろう。その表情からは、それが良く伝わってきた。
だからこそ、国王様はお父様やイルヴァド様からの要望を受け入れたのだろう。イルヴァド様を新たなウェディバー伯爵にするということに、国王様は同意してくれているのだ。
「君がウェディバー伯爵になってくれるというなら、こちらとしても大変ありがたいことだ。当然、バックアップはしよう。ただそのためには、君の母親と兄を追い詰めなければならない。今回の件の全ての非を、二人は被ってもらわなければならないからね」
「理解しています。そもそもの話、あの二人は多くの人を欺きました。その罰を受けるのは、当然のことだと思います」
国王様もイルヴァド様も、とても冷たい目をしていた。
アデルバ様とカルメア様は、結果として国王様にも目をつけられることになった。それはきっと、私もイルヴァド様も予想していなかったことだ。
もっとも、私からしてみれば同情の気持ちは湧いてこない。二人は随分と好き勝手してきた。その報いは、決して安いものではないということだろう。
私は、イルヴァド様とともに王城の客室に通されていた。
とりあえず、国王様と話はついたと思っていいだろう。これでイルヴァド様も、無事にウェディバー伯爵家を継げるはずだ。
「ふう……やはり疲れるものですね」
「まあ、それはそうですよね」
イルヴァド様は、ソファの上で天を仰いでいた。
その表情からは、疲れが伝わってくる。やはり彼も、緊張していたということだろう。
「でも、堂々とされてしましたよ?」
「そうでしょうか? そう思ってもらえたなら、頑張った甲斐もあったというものでしょうかね……」
「特に何もしていない私でさえ、緊張しましたからね。本当によく頑張りましたね……なんて、少し上から目線でしょうか?」
「いいえ、褒めてもらえるのは普通に嬉しいですよ」
イルヴァド様は、ゆっくりと姿勢を正していた。
気を抜くのは、もうやめにしたようだ。それは良い判断であるだろう。ここが王城の客室である以上、完全に気を抜く訳にはいかないのだから。
「さてと、リフェリナ嬢とも今後のことについては話し合っておかなければなりませんね」
「今後のことですか?」
「ええ、お陰様で僕はウェディバー伯爵家を継ぐことができそうです。そのことについては、本当に感謝しています」
「いえ、私は何もしていませんから」
「そんなことはありません。リフェリナ嬢がいたから、僕はラスタリア伯爵家で楽しく暮らせていたのですから」
私は、イルヴァド様の言葉に少しだけ固まってしまった。
思えば、彼ともそれなりに長くともに暮らしていたものである。その日々はなんだかんだ言って、楽しいものだったと思う。
それがもうすぐ終わってしまうということに、私は一抹の寂しさを覚えていた。イルヴァド様も、私は既にラスタリア伯爵家の家族の一員のように、捉えてしまっているようだ。
「寂しくなってしまいますね……」
「それは……そうですね。僕はウェディバー伯爵家に帰っても一人ですから、猶更そう思ってしまいます」
「イルファド様……」
イルファド様は、苦笑いを浮かべていた。
アデルバ様とカルメア様の二人は、ウェディバー伯爵家から追放されることになるだろう。彼は孤独に伯爵家を背負うことになるのだ。それはきっと、辛いことだろう。
「まあ、頑張りますよ。せっかく皆さんが守ってくれたウェディバー伯爵家ですからね」
「……」
ラスタリア伯爵家と違って、イルファド様の戦いはこれからも続いていくのだ。
それを悟った私は、何も言えなくなってしまうのだった。