「アデルバ様……?」
「……リフェリナか」

 柱にくくりつけられているのは、どう見てもウェディバー伯爵家の長男アデルバ様だった。
 彼は、忌々しそうな顔をしながら私を見つめている。そういえば彼と会うのは、ウェディバー伯爵家の屋敷を追い出されて以来だ。思えば、随分と久し振りである。
 改めて見てみると、人相が少し悪くなっているような気がする。このラスタリア伯爵家の屋敷に侵入するという賊のような行為が、その人相まで変えてしまったのだろうか。

「リフェリナ、あまり近づくな。拘束しているとはいえ、何か仕出かすかもしれないからな」
「ええ、わかっています、お兄様」

 目の前にいるアデルバ様は、お兄様がたった一人で拘束した。
 それはどうやら、独断専行であったらしい。先程お兄様は、お母様に叱られていた。
 とはいえ、本人はあまり気にしていないようだ。そういった所に関して、お兄様は少々やんちゃなのである。

「兄上、まさか泥棒までに落ちぶれるとは……」
「……イルヴァド? どうしてお前がここにいるんだ? お前は長い旅行に出ていたはずではないのか?」

 部屋に入って来たイルヴァド様に、アデルバ様は固まっていた。
 そういえば彼がここにいることを、ウェディバー伯爵家の人々は知らなかったのだ。
 アデルバ様は、私とイルヴァド様の顔を交互に見ていた。そして彼は、ゆっくりと項垂れる。どういうことなのかは、大体理解できたのだろう。

「まさか、お前はこの僕を引きずり下ろすためにっ……ラスタリア伯爵家側についたのか?」
「まあ、そういうことになりますね」
「ふざけるな! お前はウェディバー伯爵家をなんだと思っているんだ!」
「それはこちらの台詞ですよ、兄上。兄上と母上は、ウェディバー伯爵家のことを馬鹿にしている。そもそも兄上が伯爵家を継いだことから間違っている」

 イルヴァド様は、彼にしては珍しい刺々しい態度だった。
 当然といえば当然なのだが、兄弟の仲は良くないようだ。二人の間には、火花が散っている。拘束されていなければ、アデルバ様は今にでもとびかかっていきそうなくらいだ。

「この僕が失墜すれば、それこそウェディバー伯爵家の終わりなのだぞ? お前はわかっているのか?」
「その程度でウェディバー伯爵家は沈みませんよ。まあ、兄上がした愚かなことはウェディバー伯爵家を揺るがすことでしたがね……」
「それは……」

 イルヴァド様の言葉に、アデルバ様は言葉を詰まらせた。
 彼もそのことについては、よくわかっていたのだろう。そしてそれが恐らく、今回彼がこのラスタリア伯爵家に侵入した理由でもある。