「……うん?」

 戸を叩く音に、私はゆっくりと目を覚ますことになった。
 外はまだ真っ暗だ。月の光くらいしかない。
 そんな中で戸を叩くなんて、一体誰だろうか。私は寝ぼけ眼をこすりながら、ゆっくりとベッドの上から起き上がる。

 使用人がこんな夜に私を訪ねるとしたら、非常事態ということになるだろう。
 ただ、屋敷が騒がしいということもないし、多分そういうことではなさそうだ。

 となると、使用人の可能性は低い。家族の誰かということになるだろう。
 その場合、一番可能性が高いのはルルメリーナだ。ラスタリア伯爵家の中で私を頼るのは、彼女くらいである。

「ルルメリーナかしら?」
「はい、ルルメリーナですぅ。お姉様、開けてください」
「ええ、少し待っていて」

 ルルメリーナは、少し声を震わせていた。まるで何かに怖がっているかのようである。
 よく考えてみれば、あの妹は夜の闇などは苦手なタイプだ。そんな彼女が私の部屋を訪ねて来るなんておかしい。
 段々と意識が覚醒してきた私は、素早く部屋の戸を開いた。すると不安そうな顔をしたルルメリーナは、目に入ってきた。かなり怯えているようだ。

「中に入って……」
「あ、はい」

 私は、ルルメリーナを強引に引っ張って抱き寄せた。
 何があったかは知らないが、彼女が恐怖しているならそうするべきだと思ったのだ。
 ルルメリーナは震えていたが、抱きしめた効果があったのか、それが少しずつ収まっていた。これなら話ができそうだろうか。

「……何があったの?」
「あのですねぇ……物音がするんです」
「物音?」
「庭の方からずっと物音がしていて、すごく怖かったんです」

 ルルメリーナは、目に涙を浮かべていた。
 言い方からして、その物音はずっと続いているのだろう。
 それは当然、とても怖いはずだ。しかし、理由もなく音が鳴るはずもない。考えられるのは、侵入者などだろうか。

「衛兵がいるはずだけれど、一体どうやって庭に……」
「ゆ、幽霊でしょうかぁ?」
「幽霊……それは嫌ね」

 ルルメリーナの言葉に、私も少しだけ肝が冷えた。
 私も別に、夜の闇が得意なタイプではない。幽霊なんてものは、大の苦手だ。
 ただ、仮に幽霊だったとしても、それは確かめなければならないことであるだろう。恐怖はあるが、とにかく原因を探るために動かなければならない。

「ルルメリーナ、私の部屋にいてもらえるかしら? 私は、お兄様とお父様にそのことを伝えてくるから」
「私も、行きますぅ。一人でここで待っている方が怖いですから」
「なるほど、それはそうね。正直私も心強いわ」

 問題を解決するために、私とルルメリーナは寄り添い合いながら夜の廊下を歩き始めた。
 ここから近いのは、お兄様の部屋だ。とにかく助けを求めるとしよう。