ノルードは今日も、執務室にいた。
 昨日のことがあったからか、カルメアは顔を出していない。どうやらルルメリーナを見張ることは、やめたようだ。
 それもあってか、今日のルルメリーナは上機嫌だった。そういった時には失敗が起こりやすいため、ノルードは彼女に注目している。

「うーん。ノルード、何か甘い物が食べたいなぁ」
「甘い物、ですか?」

 突然ルルメリーナに呼びかけられて、ノルードは少し驚いた。
 しかしながら、その要求自体には驚きはない。ルルメリーナは定期的に、甘い物を欲するからだ。
 そういった時に、どういうことを言えばいいのかはノルードも心得ている。ラスタリア伯爵夫人メルフェリナから、厳しく注意されているのだ。

「ルルメリーナ様、スイーツは一日一食までです。今食べるとおやつは抜きになりますが、構いませんか?」
「えー、それはやだぁ」
「それでは、今は我慢してください」
「はーい……」

 ルルメリーナは、放っておくといくらでもスイーツを食べてしまう。
 彼女の中に節制という言葉をきちんと馴染ませるためにも、スイーツなどといったものは制限することになっているのだ。
 基本的に母親の言うことは聞くルルメリーナは、これに対して反対したことはない。素直に従ってくれるので、ノルードとしても安心だ。

「……ノルード、それは誰の決まりなのだ?」
「え?」

 しかしこの場において、一人の反発する者がいた。
 それはこのウェディバー伯爵家の家長であるアデルバだ。
 彼は、ノルードのことを睨みつける。その表情からは、怒りの感情が読み取れた。

「ラスタリア伯爵家でどうだったかは知らないが、ここは僕の領域だ。彼女がスイーツを食べたいというなら、食べさせてやればいい。少なくとも、お前が口を挟むようなことではない」
「……すみませんでした」

 言い方こそ高圧的であったが、アデルバの言っていることは正しいことだった。
 故にノルードは、深く頭を下げて謝罪した。彼は自分が差し出がましいことをしたと反省する。

「さあ、ルルメリーナ、スイーツが食べたいというなら食べるといい。いくらでも手配しよう」
「……いえ、今日はいいです」
「……そこにいる使用人が言ったことを気にしているのか? そんな必要はないぞ」
「大丈夫です。代わりに紅茶をもらいますから」

 謝罪をしたノルードは、ルルメリーナが不機嫌になっていることを感じ取っていた。また彼は、その責任が自分にあることも悟っている。
 定例のやり取りをしただけなのに、ノルードが厳しい言葉をかけられた。そのことにルルメリーナは少し腹を立てているのだ。
 そのことにノルードは、少し考えることになった。これが功を奏するか裏目に出るか、彼には考える必要があったのだ。